Nortley-Science-2019

アルツハイマー病(Alzheimer's disease: AD)では、脳血流量(cerebral blood flood: CBF)が低下している。そのメカニズムはどうなっているのか。

英ロンドン大学のNortley, Attwellらは、毛細血管の径を調整するペリサイトに何等かの障害が起こっている可能性を考え、ヒトやげっ歯類の脳組織でペリサイトの動態を調べた。

Title

Aβが脳内血管を収縮させる

まず、著者らは、脳腫瘍の評価目的で切除したヒトの生検検体から、正常組織部分を切り出し、それをスライスカルチャーした。

その脳組織をノルアドレナリン、グルタミン酸などで処置すると、ペリサイトは毛細血管を収縮/拡張させ、系がworkする事を示した。

次に、リコンビナントAβをオリゴマー化して、脳組織に処置すると、毛細血管はペリサイトの細胞体近くで径が減少し、ペリサイトが毛細血管を収縮させていると判断した(Km 4.7nM)。

Aβモノマーではこの現象は起こらなかった。

Fig1, ペリサイトと血管収縮

ヒト検体には限りがあるので、ラットの脳で同様の実験を行った。

活性酸素(Reactive oxygen species: ROS)スカベンジャー(SOD1)、NADPHオキシダーゼ(NOX)阻害剤(GKT, DPI)でこの現象はブロックされ、Aβオリゴマーは、活性酸素産生を上げる事で、血管収縮に関与していると考えられた。

また、エンドセリン処置によって毛細血管は収縮し、この作用はエンドセリンA受容体(ETA)阻害剤(BQ123)でブロックされた。ROSスカベンジャー投与はこの作用をブロックせず、ETA阻害剤はH2O2による血管収縮作用をブロックしたことから、「Aβオリゴマー → ROS↑ → エンドセリン1 → ETAを介したペリサイトの血管収縮」というメカニズムが考えられた。

メカニズム
▲ Aβ → 毛細血管収縮のメカニズム

Dehydroethidium(DHE)でROS産生細胞を調べると、DHEはほとんどペリサイトのマーカーと一致した。

また、ヒト脳組織でAβプラークありとなしの脳を比較すると、Aβプラークありの脳では、ペリサイトの細胞体近くで血管系が減少していた。

ヒトAPPノックインマウス(APPNL-G-F)とNG2-DsRedマウスを交配し、Aβプラークとペリサイトを可視化して二光子顕微鏡で観察したところ、このマウスではヒト脳と同じようにペリサイトの細胞体近くで血管系が減少していた。

Aβプラークのない小脳では、血管系は野生型と変わらなかった。また、細動脈や細静脈の血管系は野生型と変わらなかった。

最後に、これらの減少が、薬剤投与によりブロックできるか検証した。

ラットスライスカルチャーにAβオリゴマーを処置し、NOX4阻害剤(GKT)とETA阻害薬(BQ123)の組み合わせを試したところ、血管系の減少は若干抑えられた。

ナトリウム利尿ペプチドC(C-type natriuretic peptide: CNP)を処置すると、血管系の減少はほとんど抑えられた。

これらの薬剤は、ADのCBF減少を抑える効果が期待できる。

GKT, BS123, CNPの作用機序
▲ GKT, BS123, CNPの作用機序

My View

アルツハイマー病(Alzheimer's disease: AD)では脳血流量(cerebral blood flood: CBF)が40%も減少しているという報告があります(Asllani et al, JCBFM, 2008)。

また、AD脳の毛細血管を病理学的に解析すると、老人斑と呼ばれるアミロイドβ(Amyloid β: Aβ)プラークの近くで毛細血管が狭小化したり、血流が途絶えたりしています(Kitaguchi et al, Neurosci Lett, 2007; Hunter et al, PLOS ONE, 2012)。

脳内の血流低下はADの認知機能低下の増悪因子になると考えられます。

このような毛細血管の変化のメカニズムはどうなっているのか、また、この現象は改善可能なのか、つまり、治療対象となり得るのか、という事をテーマに研究されています。

ここのラボでは、以前からペリサイトと呼ばれる壁細胞が、微小血管を拡張・収縮させ、血流調節を行っている事を報告してきました(Hall et al, Nature, 2014)。

今回もペリサイトが鍵だと考え、実験を進めています。

ペリサイトは、Neurovascular couplingに寄与していたり、脳梗塞や心筋梗塞で、血栓解除後に毛細血管の再灌流を妨げる”no-reflow phenomenon”の原因となっていたりと、血管系の分野では以前から注目されていました(Yemisci et al, Nat Med, 2009; Hall et al, Nature, 2014)。

さらに、ペリサイトの障害はAD病理を悪化させる(Sagare et al, Nat Commun, 2013)、早期ADや軽度認知機能障害の脳内でペリサイトの障害と血液脳関門(Blood brain barrier: BBB)の破綻が起こっている(Nation et al, Nat Med, 2019)等、ADに関係する研究も次々と報告されており、ADの治療ターゲットとしても注目されています。

以前から、Aβが酸化ストレス→エンドセリン1を介して毛細血管の収縮に寄与する事は報告されており(Deane et al, Nat Med, 2003; Deane et al, J Clin Invest, 2012)、「毛細血管収縮といえばペリサイト」という事で、それらのパーツを組み合わせて今回の結果が導き出されたように思います。

ちょっと穿った見方をすると、APPNL-G-F;NG2-DsRedマウスで、活性酸素産生細胞がほとんどペリサイト、という部分はちょっとやりすぎのように思いました。もちろんペリサイトもだとは思いますが、ほかの細胞だってAβによってROS産生は誘導されますし、免疫系細胞はどーなってるの?と突っ込みたくなります(Supplementaryで少し触れられていますが)。

あと、最後にAβによる血管収縮を防げる薬剤の候補が出てきましたが、ADモデル動物に投与して脳血流が改善したかどうかetc.は見ていないので、the jury is still out...

続報を待ちます。