CCRと脳卒中・脳梗塞

脳卒中や外傷性脳損傷(Traumatic brain injury:TBI)後の運動機能や認知機能障害は、生活の質を大幅に低下させる。

脳卒中/TBI後の機能回復をいかに促進させるかは、重要な課題である。

近年、C-C chemokine receptor 5(CCR5)のシグナル伝達を抑えると、認知機能や、海馬・皮質の神経可塑性を向上させる事が明らかになった。

そこで、アメリカUCLAのJoy、Carmichaelらは、マウスのCCRシグナル伝達を抑え、脳梗塞/TBI後の機能回復に影響がでるかどうか調べた。

CCRと脳卒中・脳損傷

CCR5を抑えると、脳梗塞や脳損傷後の機能回復が上がる

脳梗塞後、神経細胞でCCR5の発現が上がる

まず野生型のマウスに脳梗塞を作り、各細胞のCCR5の動態を確認したところ、脳梗塞後、神経細胞でCCR5の発現が上昇していた。

ミクログリアやマクロファージでは逆に低下した。

脳梗塞後、神経細胞でCCR5の発現が上がる

次に、shCCR5をアデノウイルス随伴ベクター(adeno-associated virus: AAV)で導入して、神経細胞特異的にCCR5をノックダウンさせた(CCR5 KD)。

その後脳梗塞を作り、自発運動機能を調べたところ、回復の程度がコントロールに比べて有意に高かった。

 

また、CCR5は、HIV(human immunodeficiency viruses)のコ・レセプターとして最初に同定され、CCR5拮抗薬(maraviroc)は後天性免疫不全症候群(acquired immunodeficiency syndrome:AIDS)の薬としてFDAの承認を受けている。

このCCR5拮抗薬をマウスに投与し、同様に脳梗塞後の変化を確認すると、CCR5 KDマウスと同じように、脳梗塞後の運動障害の回復効果を認めた。

また、マウスに頭部外傷を作り、その後の認知機能を調べたところ、AAVによるKD、CCR5拮抗薬投与のどちらとも認知機能が改善していた。

CCR5 KDは、神経細胞のCRBの発現を上昇させ、DLKシグナリングを介して運動機能を改善させる

CCR5 KDが、脳梗塞後やTBI後の機能回復を促すメカニズムをしらべるため、脳梗塞1週間後の運動前野の神経細胞をFACSにかけて調べた。

すると、CCF5 KDマウスでは、DLK、CREBの発現およびCREBのリン酸化(p-CREB)が上昇していた。また、免染でもp-CREBを確認した。

 

DLKは、MAPキナーゼの一種で、神経の障害後の軸索再生シグナルとして知られている。

彼らはshDLKをAAVで導入してDLKをKDし、同様に脳梗塞後の運動機能回復の推移を調べた。

  • 脳梗塞後の運動機能は、DLK KDしてもコントロールとあまり変わらなかった。
  • CCR5とDLKを両方ノックダウンすると、CCR5による脳梗塞後の運動機能改善が打ち消された。

これらの結果により、DLKシグナリングは、CCR5 KDによる運動改善機能の効果のエフェクターとして働いていると考えられた。

運動機能回復効果

CCR5 KDは、樹状突起のスパイン形成を保持する

二光子顕微鏡を使って、脳梗塞4日後と12日後の運動前野のスパインの様子を観察した。

脳梗塞後、樹状突起のスパインの数は減少するが、shCCR5 KDマウス、CCR5拮抗薬投与マウスでは、その後の新なスパイン形成がおこっており、新しい神経回路が形成されているようだった。

スパインの動態

CCR5 KDは、脳梗塞後、脳の対側への軸索投射を誘導する

脳梗塞後の軸索投射の変化を調べるため、トレーサー(Bbiotinylated dextran amine:BDA)を注入して、運動前野の軸索投射の様子を調べた。

CCR5 KDマウス、CCR5拮抗薬投与マウスでは、脳梗塞と同側の軸索投射に影響はなかった。

しかしながら、脳の対側への軸索投射が増えており、これが脳梗塞後の機能回復に影響していると考えらえた。

脳対側への軸索投射の変化

CCR5 KDは、脳梗塞後のアストロサイトの活性およびマクロファージの導入を抑える

CCR5は免疫反応を誘導する事でも知られている。

CCR5 KDマウス、CCR5拮抗薬投与マウスの脳梗塞後のアストロサイトとミクログリアの様子を確認したところ、コントロールマウスに比べ、脳梗塞周囲の活性型アストロサイトの数が少なかった。

FACSでマクロファージの数を調べると、CCR5 KDマウス、CCR5拮抗薬投与マウスでは、コントロールに比べて脳梗塞部位に誘導されたマクロファージの数も少なかった。

これらのマウスは、脳梗塞の大きさ自体に違いはなかった。

CCR5 Δ32欠失のある人達は、脳梗塞後の認知機能および運動機能の回復が良い(TABASCO study)

CCR5遺伝子の変異の一つである、32-bpの欠失(CCR5-Δ32, rs333)は、CCR5の機能喪失効果により、HIV感染に対して抵抗があると知られている。

そこで、Tel Aviv Brain Acute Stroke Cohort(TABASCO)の、脳梗塞後の長期的アウトカムを調べた研究結果を用いて、CCR5-Δ32(rs333)変異のある人達の脳梗塞後の認知機能と運動機能の長期的な回復状態を調べた。

すると、CCR5-Δ32(rs333)変異のある人達は、脳梗塞後の認知機能検査や運動機能検査の結果が、変異のない人達に比べて良くなっていた。

My View

CCR5という単語に反応して読みました。

脳梗塞や脳外傷後の神経機能回復をターゲットとした創薬の可能性について

CCR5はHIVのコ・レセプターとして同定され、HIVの治療ターゲットとして広く認識されていますが、脳梗塞や脳外傷後の機能回復のターゲットとしても、今後注目が集まりそうです。

しかも、すでにHIVの薬としてFDAに認可された薬を使って、脳梗塞や脳外傷後の機能回復効果を証明しているので、実現可能性に向けて踏むべきステップの数も少なくて済むのではないかと思います。

昨年、横浜市立大学の高橋先生の研究室から、脳梗塞後のリハビリ時に機能回復を促す効果のある薬(Edonerpic Maleate)が発表されていました(Abe et al., Science, 2018)が、CCR5拮抗薬maravirocの方も、同じくらいのインパクトがある印象です。

ただ、今回の研究結果からは、脳梗塞や脳外傷が起こる前にmaravirocを投与しておかないといけません。

脳梗塞や脳外傷がおこる前に、全ての人達に予防的に投与しておく、というのはあまり現実的ではないので、今後は「脳梗塞や外傷後何時間以内に投与すれば効果がある」等のエビデンスが得られるようになると、より現実味を帯びてくるように思います。

CCR5を標的としたゲノム編集ベビーの誕生について

CCR5で真っ先に頭の中に浮かんだのは、昨年末から科学の世界に大きな問題を提起した、ゲノム編集を施した赤ちゃんの話題でした(Nature news, 11/26/2018)。

中国の研究者が、CRISPR-Cas9によりゲノム編集をした受精卵を使って双子の女児を誕生させたと発表して物議を醸しましたが、この時ターゲットとした遺伝子がCCR5でした。

彼は、CCR5がHIVのコ・レセプターであり、HIV治療ターゲットである事から、父親がHIV感染である子供のゲノム編集を行ったと主張しました。

しかしながら、

  • 編集が行われた遺伝子は、その子の子孫に引き継がれていく事
  • CRISPR-Cas9のオフターゲットの可能性がある事
  • CCR5の機能喪失により、他の健康障害が生じるという報告が多数ある事
  • HIV株の中には他のタンパク(CXCR4)を使って細胞内に侵入するものがあり、CCR5を編集しても完全にはHIV感染を防げない事
  • 父親がHIV感染である場合、投薬により子供にウイルスの感染を防ぐ事ができ、すでに安全で確立した治療法がある事

等、さまざまな観点から問題が指摘されました。

今回の論文は、CCR5を抑える事で良い方向に働く、という研究結果だったのでほっとしましたが、CCR5を操作する事が、HIV感染というターゲット以外にも影響を及ぼす可能性あるという事を、また一つ証明したように思います。

 

CCR5の機能喪失によるマイナス面の報告としては、

  • 西ナイルウイルスの感染リスクが高まる(Glass et al., J Exp Med, 2005)
  • 角膜血管新生が阻害される(Ambati et al., Vis Sci, 2003)
  • インフルエンザ感染による死亡率の上昇(Falcon et al., J Gen Virol, 2015)
  • 糸球体腎炎を悪化(Turner et al., J Immun, 2008)

などが報告されているようです。

 

HIVに感染した患者自身のT細胞や造血幹細胞を取り出し、ZNFでゲノム編集してCCR5を欠失させ、患者に戻すという臨床試験は実際に進められており、成果も報告されています(Tebas et al., N Engl J Med, 2014)。

けれども、

  • 将来子孫に遺伝子改変が受け継がれない体細胞において実施された
  • 臨床試験の参加者は副作用等の説明を受け、様々なリスクを知ったうえで、患者自身が治療を希望した

という点で、今回のゲノム編集ベビーの問題とは意味合いが大きく異なります。

 

赤ちゃん達が、今後、予想されていなかった機能障害や健康障害を患わないか、とても心配です。

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