アポリポタンパクE(apolipoprotein E, APOE)司る遺伝子には、ε2, ε3, ε4の3つのアイソフォームがあり、APOE2はアルツハイマー病(Alzheimer's disease, AD)のリスクを下げ、APOE4は上げると言われています [1, 2] 。
この違いは、構造の違いによるものと言われており、APOE2は開いた構造をとって脂質に結合しにくく、APOE4は結合しやすくなります [3] 。
けれども、これは脂質に結合していない状態のAPOEの構造。
実際には、脳内のAPOEの多くはアストロサイトから分泌され、脂質と結合した状態のハズ……その場合の構造は、どうなってるの?
ということで、米国ワシントン大学の Dr. Holtzman らの研究グループは、アストロサイト由来の脂質結合型ApoEの構造を調べてみました [6] 。
Astrocyte ApoE adopts an antiparallel dimer fin discoidal lipoproteins. Recombinant ApoE adopts an antiparallel dimer in discoidal lipoproteins. Lipid composition affects lipoprotein diameter
アストロサイト由来の、脂質に結合したアポリポ蛋白Eの構造
アストロサイトの培地からApoEを単離
彼らは、ヒトAPOE2、APOE3、APOE4の各ノックインマウスからアストロサイトを初代培養し、その細胞培地からアストロサイト由来のApoEを免疫沈降で単離しました。
その構造をクライオ電子顕微鏡(cryogenic electron microscopy, cryo-EM)で確認すると、ディスク状の形をした(ナノディスク)、高密度リポ蛋白(high density lipoprotein, HDL)様の粒子内のアポリポ蛋白を同定しました。
彼らは、ApoEの色々な部位に結合する抗体を作製し、それを結合させて透過電子顕微鏡(transmission electron microscope, TEM)で観察すると、2つのApoEが、互いに逆方向に並行な状態で、ディスクのまわりをぐるっと覆っているようでした。
ApoE2/E3/E4で違いがあるかよく観察しましたが、この時点での解像度では違いがわかりませんでした。
脂質に結合したApoEの構造
脂質に結合したApoEの構造を調べるため、彼らはリコンビナントのApoE4を色々な種類の脂質と結合させました。
この構造をcryo-EMで確認すると、ナノディスクの上面と下面に、ApoE蛋白が結合している様子が観察されました。
解像度が低くてそれ以上はわからなかったので、彼らは再びApoEの各末端に結合する抗体を使い、その構造を調べました。
また、より解像度を高めるため、gradient fixationという方法で固定して調べました。
すると、やはりApoE蛋白はナノディスクのまわりを互いに逆方向に並行な状態でぐるっと覆っているようでした。
これらの結果から、脂質に結合したApoE蛋白は、互いに逆方向に並行な状態で並び、円盤状のリポ蛋白のまわりを2重ベルトのような形で覆っている可能性が示唆されました。
My View
脂質に結合したApoE蛋白は円盤状のまわりを覆っているような事は、以前から言われていたようですが、今回は最新技術を駆使してそれを見に行った、という事だと思います。
私は微細構造解析は自分でできないので詳しくないですが、読んでいると、要所要所で工夫が必要だったように感じました。
そもそも、アストロサイト由来のApoE蛋白は最初に見ただけで、その後はリコンビナントApoEと脂質を結合させて解析している点で、「実際にアストロサイト由来のApoEを高解像度で詳しくみるのは無理だったんだな。」という感じなので。
そして、それだけの努力をもってしても、脂質に結合した状態のApoE2/E3/E4の構造の違いまでは確認できなかったようです。
でも、ApoEは普段脂質と結合してふわふわ浮いているわけで、その状態でニューロンや免疫細胞のApoE受容体への結合能力がE2/E3/E4で違うわけだし、脂質に結合した状態での構造もちょっとは違うように思うのですが……そのうちわかってくるんじゃないでしょうか。
Glossary
APOE多型について
アポリポ蛋白(Apolipoprotein)は、VLDLやHDLなどのリポ蛋白複合体の構成成分で、全身では主に肝臓で産生され、全身臓器間のコレステロールや脂肪酸の輸送に関与する。
中枢神経系では、アポリポ蛋白E(Apolipoprotein E, ApoE)が主にアストロサイトやミクログリアで産生され、細胞間のコレステロール輸送や、神経損傷後の修復に関与していると言われる。神経細胞表面には、APOEが結合する受容体がいくつか確認されており、HSPGはその一つ。
ApoEをコードする遺伝子にはいくつかのアイソフォームがあり、主にAPOE2, APOE3, APOE4の3つのアイソフォームが注目されている。
ほとんどの人はAPOE3(80%弱)だが、APOE4を1コピーでも持つと、ADのリスクが白人で3倍弱、日本人で4倍程度あがり、2コピーともAPOE4だと、そのオッズ比が12-13倍、日本人では20倍以上に跳ね上がり、発症年齢も若年化する [1]。
逆にAPOE2はADの保護因子として働き、APOE2を持つ人はADになりにくい [2] 。
ところが、進行性核上性麻痺 (Progressive supranuclear palsy, PSP) ではその逆で、APOE2がPSPのリスク多型で、APOE4は保護的との報告もある [7]
APOE2/3/4の一次構造的な違いは、112番目と158番目のアミノ酸残基(amino acid: aa)がシステインかアルギニンか、という違い(APOE2:112Cys,158Cys、APOE3:112Cys,158Arg、APOE4:112Arg,158Arg)で、これにより三次構造の違いが生じる。
APOE4の場合、61Argが112Argと電気的に反発して225Gluとsalt bridgeを形成し、N末とC末が近接した構造をとる。
APOE3、APOE2はこの112番目がCysなので、構造的に開いた状態となる。
これら構造の違いにより、結合しやすいリポプロテインの種類や、受容体への結合の強さの違いが生じる。
以前、APOE4の構造をAPOE3-likeに変化させる薬剤などの報告もあり、ADの治療ターゲットの一つとされている [3]。
APOEとADとの関係については、2010年代にはアミロイド病理との関係や血管障害のメカニズム等が主流だったが、その後、神経障害やタウの伝播抑制なども次々と報告されるようになり、今では様々な機序からADの病態に関与すると考えられている [3, 4] 。
References
- Corder EH, Saunders AM, Strittmatter WJ, Schmechel DE, Gaskell PC, Small GW, Roses AD, Haines JL, Pericak-Vance MA. Gene dose of apolipoprotein E type 4 allele and the risk of Alzheimer's disease in late onset families. Science. 1993 Aug 13;261(5123):921-3. doi: 10.1126/science.8346443. PMID: 8346443.
- Chen Y, Strickland MR, Soranno A, Holtzman DM. Apolipoprotein E: Structural Insights and Links to Alzheimer Disease Pathogenesis. Neuron. 2021 Jan 20;109(2):205-221. doi: 10.1016/j.neuron.2020.10.008. Epub 2020 Nov 10. PMID: 33176118; PMCID: PMC7931158.
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- Holtzman DM, Herz J, Bu G. Apolipoprotein E and apolipoprotein E receptors: normal biology and roles in Alzheimer disease. Cold Spring Harb Perspect Med. 2012 Mar;2(3):a006312. doi: 10.1101/cshperspect.a006312. PMID: 22393530; PMCID: PMC3282491.
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