overcome

Tの腕の中でしばらく泣いたあと、私は自分の部屋に戻りました。

部屋には私以外誰もいなかったので、

―― もうちょっと泣いときたいな。

と思い、一人で声を上げて泣きました。

 

去年、「帰国までは泣かない」と勝手に目標を決めていましたが、

―― やっぱり無理だったな。

と思いました。

 



 

しばらく泣いていると、部屋にKが入って来ました。

彼は、私のプロジェクトの2種類の手術のうちの一つを担当してくれていて、プライベートでも、毎週末、子供たちにテニスを教えてくれています。

 

彼は私の姿に一瞬戸惑った様子を見せましたが、

「今日、何時から手術するか確認しようと思って。僕は何時でもいいから。

でも、もし今日無理そうだったら、明日でも構わないよ。」

と言ってくれました。

 

私は、その場では1時間後に始めようと答えましたが、

―― こんな状態だったら手術も上手くできないかも。

と思い、結局、日程を翌日に延ばしてもらいました。

 



 

翌朝、マウスの手術室で、私が二人分の手術の準備をしていると、Kがやってきました。

「おはよう。気分はどう?」

「おはよう。昨日よりだいぶいいよ。」

当たり障りのない挨拶を交わした後、Kが言いました。

 

「昨日の事、僕で良かったら話してみて。何も役に立たないかもしれないけど。

研究の事で困ってるの?Hも最近、研究者を辞めたいって言ってるし。

君たちの仕事って、ほんと大変そうだから。」

 

私は、

―― そうだよね。あれだけの失態を見せておいて、何でもないは……ないよね。

と思いながら、言葉を探しました。

 

「まあ、端的に言うと、『みんな、私の事を嫌っている』って言われたんだ。」

K「What !?!?!?!?」

 

私は、

  • 大学院生時代から渡米前までの間に、自分の身の回りで起こった事
  • 当時とても混乱したそのラボに、帰国後、配属される予定となった事
  • その後突然、帰国後半年間関連病院で臨床医として勤務するよう言われた事
  • 外病院で臨床を行っている間、現在進行中の研究が滞る事になるので、代わりに技術補佐員などをつけて、研究を進めさせてほしいとお願いした事
  • その後の返事で、私は要求が多い人だと思われており、配属予定先のラボの人達はみんな、私が帰ってくるのを恐れている、と言われた事

などを、順を追って話しました。

 

以前、「狭い世界では対人関係に歪みができるけれど、視野を広げれば対人問題を避けて生きていく事ができる」という話をしましたが、

―― 自分はその狭い世界に、これから入っていくんだな。

と思いました。

 

 

Kはしばらく私の話を聞いたあと、ゆっくりと口を開きました。

「なんというか、僕的にはめっちゃクレイジーな話に聞こえるんだけど、日本ではこんな事って普通に起こるものなの?」

私は、

「いや、日本でもクレイジーな話だと思うよ。まあでも、今の人達が悪いわけじゃないから、仕方がないよね。

私だって噂だけ聞いたら、そんなトラブルメーカー的な印象の人とは関わりたくないって思うもん。

今日明日にでも、『教えてくれてありがとうございます。これからは言動に気をつけます。』ってメールで伝えようと思ってる。」

 

 

Kはしばらく考えた後、言いました。

「少なくとも、『みんなが君の事を嫌っている』というのは間違いだ。

だって、君の子供たちは、あんなに君を慕っているじゃないか。

僕は君が大好きだ。

子供たちも君が大好きだ。

Nも君が大好きだ。

Hも君が大好きだ。

Sも君が大好きだ。

Aも君が大好きだ。

Cも君が大好きだ。

Lも君が大好きだ。



・」

 

彼は、私と関わる人達の名前を次々と挙げていきました。

私はそれを聞きながら、涙が止まりませんでした。

 

 

泣きながら、

―― ああ、これは感情の問題なんだ。

と思いました。

 

コアラボChairと直ラボPIから話を聞いた後、私は、

  • これから帰国までの間に行うべき事
  • 帰国後にまず行うべき事
  • 事態が改善した後から始めるべき事

など、一つ一つの課題をリストアップして考え、その都度の短期目標を設定していきました。

現時点で他にできることはありません。

泣いたところで事態は何も改善しないのです。

 

それでも泣きたくなるのは、ただ単純に、

「人から快く思われていない」という事が悲しいのだと思いました。

 

 

「ありがとう。Kがいてくれて良かった。」

と私が言うと、

「僕も君がいてくれてよかった。」

と返され、また涙が出てきました。

 

少し休憩してマスクを変えると、二人でそれぞれの手術を開始しました。

 



 

予定の手術を終え、Kはラボに帰っていきました。

 

手術部屋に一人残った私は、マウスの術後管理を行いながら、

「しばらくの間はまた泣いちゃうかもだけど、とりあえず毎日するべき事をちゃんとして、他に影響が出ないように気をつけよう。」

と心に誓いました。

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