
先日、久しぶりにラボの友達とカフェでコーヒーを飲む約束をしました。
彼女はインドから来たリサーチスペシャリストで、私がこのラボに来た当初から、公私共に色々と相談に乗ってもらってきました。
病院のカフェで待ち合わせをすると、時間通りに彼女がやってきました。
「久しぶり!ラボではあなたが消えちゃったって話してるよ。ずっとメインラボに来れてないでしょう。」
私は苦笑しました。
ラボには来ているのですが、朝早くから夕方遅くまで動物施設に籠もる日が続いているので、実際ラボメンバーにほとんど会わない日が続いていました。
「でも、今日会えてよかった。あなたと話したいって思ってたけど、忙しそうで、コーヒー誘うのも悪いかなーって思っていたから。」
私は、
―― やっぱり忙しそうに見えるんだな。悪かったな。
と思いながら、コーヒーを啜りました。
「今日は時間をとってくれてありがとう。最近話せてなかったから、私の近況アップデートをしたかったのと、できれば意見を聞きたいと思って。」
私は、コララボChairと直ラボPIとのミーティングについて話しました。
彼女には、直ラボに配属されると決まった時点で、大学院生時代に起こっていた事を話して、心配の種だと伝えていました。
彼女は、じっと私の目を見ながら話を聞いていました。
私は、
- 帰国までの間は、共同研究先のプロジェクトの結果を出してしまうようにする
- 帰国後2,3ヶ月は、直ラボメンバーと話をして、自分を理解してもらえる期間にする
- その間、できるだけ多くのグラントに応募して、お金の事で直ラボに頼み事をしなくてすむようにする
などの計画を伝え、どう思うか聞いてみました。
「いいと思うわ。」
彼女は言いました。
「私からのアドバイスとして受け取ってくれるといいんだけど、
ラボに行ったら、最初は絶対に、自分から何かを話し出さないようにね。
あなたのほうが色々と知っている事も多いと思うけど、向こうから何か聞かれるまでは、こちらから何かを言い出してはダメ。
まずは相手のやり方、考え方を聞いて、ふんふんと頷くの。
彼らは彼らの方法で今までやってきたんだから、そこに意見されたら気分が悪いでしょう。
彼らが困っている事があって、それについての意見を聞かれたら、そこで初めてあなたの考えを言うのよ。」
私は、"get the lay of the land" という言葉が頭に浮かんできました。
まずは状況把握。
ラボのメンバー一人一人のバックグラウンドや考え方を把握し、ひたすら話を聞く。
メンバーそれぞれの考え方ややり方、関係性などを理解するまでは、決して自ら発言しない。
なんとなく思っていた事ですが、彼女との話で最重要事項に昇格しました。
「あと、こっちで用意していたサンプルは、あなたが日本についてからも、しばらくは送るのを待った方がいいと思う。
向こうの人達がサンプルを大事に扱ってくれるかどうか保証が持てないし、保管スペースがどうなっているかとか、これからどうなるかとかわからないでしょう。
あなたが直ラボでガッツリ働けるようになってから、もしくは信頼できる人に任せられるようになってからこっちに連絡を入れる方がいいと思う。
こっちの人達はみんな喜んであなたの為にサンプルを送ってくれるはず。
送れるばっかりの状態にしておいて、ちゃんと申し送りをすればこっちの事は問題ないわ。」
「それに、これはまだ決定じゃないんだけど、最近返ってきた、PIのグラントのスコアが良かったらしくって、このままだといいグラントがとれるみたい。
だから、PIは今、だいぶ機嫌がいいわ。
あなたのためにテクニシャンを雇うって前言ってたし、色々頼めば聞いてくれるかもしれないわ。」
他にもいくつかのアドバイスをくれた後、彼女は言いました。
「大変な状況だと思うけど、長い目で見たら、あなたにとっては全ていいことだと思うわ。
もちろん今のプロジェクトの進行は遅れる事になると思うけど、半年間患者さんを診療することで、見えてくるものが絶対にあると思うし、
あなたが今のような研究を続ける限り、直ラボとはこれからも関係を保つ必要があるでしょう。
全ての事は、これからのあなたに繋がっていくと思う。
プロジェクトが多少遅れる事は、あなたがこれから得られる事に比べたら、大した事じゃないわ。
数年後に振り返って、『あの時色々あってよかった』と思えるかどうかは、今後のあなたの行動にかかっているわね。」
私は、
―― 泣かなくて良かった。
と思いました。
彼女と会う前から、「今日は絶対に泣かない」と心に決めていました。
もし私がメソメソと泣いていたら、彼女は、別の言葉で、私を優しく慰めてくれていたことでしょう。
その代わり、今回のような実践的なアドバイスは聞けなったと思います。
「ありがとう。話を聞けてよかった。」
私がお礼を言うと、
「こっちこそ、久しぶりに私と話してくれてありがとう。
あなたがいなくなっちゃったら、こんな風におしゃべりできる人が誰もいなくなってどうしようって思ってるわ。」
と返され、私達は先にラボを去っていたメンバーの話などで盛り上がりました。
友人と分かれてカフェを出ると、この日はまっすぐ図書館に向かいました。
あるジャーナルに投稿していた原稿がマイナーリビジョンで返ってきていたので、これから数日間は実験の手を少し緩め、原稿のリバイスに時間を使う予定です。
―― まずは今日もらったアドバイスを書き留めて、そして誰々にメール、リバイス、共同研究……
図書館に向かいながら、私はその日の残り時間を計算し、その時間内でできることを頭の中で整理していきました。