運動とアルツハイマー病

運動が認知機能に良い影響をもたらすという研究結果は多数報告されている。

インスリン、レプチン、GLP1、グルココルチコイドなど、中枢神経以外で産生されるホルモンが神経保護やシナプスの可塑性などを介して、認知機能向上を促す事もよく知られている。

運動と認知機能で最近同定され、注目されているホルモンに、irisinがある。

運動をすると、末梢の筋肉に発現している前駆タンパク FNDC5(fibronectin type III domain-containing protein 5)がPGC-1α(peroxisome proliferator-activated receptor-γ coactivator 1α)の制御下で切断され、irisinが産生される。

FNDC5/irisinは海馬でBDNF(brain-derived neurotrophic factor)の発現を亢進し、認知機能に関与する。

FNDC5/irisinの量は、アルツハイマー病患者の脳内で減少していることも知られている。

今回、ブラジル・リオデジャネイロ連邦大学のLourenco、Feliceらは、マウスや人の脳内で、FNDC5/irisinが、多量体や翻訳後修飾等の様々な形態で発現している事を確認した。

運動とアルツハイマー病」

運動により誘導されるFNDC5/irisinはADモデルのシナプス障害や認知機能障害を改善させる

FNDC5とirisin

アルツハイマー病(Alzheimer\'s disease: AD)患者の脳内では、irisinの量が減少しており、脳脊髄液(cerebrospinal fluid: CSF)中のirisin量も減少していた。

FNDC5/irisinはアミロイドβにより減少する

ヒトの大脳皮質のスライスカルチャーにAβオリゴマー(AβOs)を処置すると、FNDC5のmRNA量が減少した。

また、野生型マウスにAβOsを投与すると、海馬でのFNDC5/irisin量、PGC-1αやPPAR-γ量が減少した。

FNDC5/irisinノックダウンすると、シナプス可塑性がおちる

レンチウイルスを使って、shRNAでマウスのFNDC5をノックダウンさせると、海馬のLTP(long-term potentiation)が減少し、認知機能が低下した。

FNDC5/irisin投与により、ADマウスのシナプス可塑性と認知機能が改善する

マウス海馬のスライスカルチャーにAβOsを処置すると、LTPがおちるが、ここにリコンビナントのirisinを処置すると、LTPが回復した。

野生型マウスにアデノウイルスを使ったFNDC5を過剰発現させ、その後AβOsを脳室内投与すると、FNDC5マウスでは認知機能が向上した。

また、APP/PS1マウスにFNDC5を過剰発現させると、LTPおよび認知機能が亢進した。

ヒトの大脳皮質スライスにリコンビナントirisinを処置すると、cAMP-PKA-CREB回路が活性化し、これが認知機能向上に関与していると思われた。

運動すると、FNDC5/irisinがシナプス可塑性と認知機能を改善させる

AβOs投与マウスを運動させると、マウスの海馬でRNDC5/irisinのmRNAおよびタンパク量が増加し、認知機能低下を防ぐことができた。

FNDC5 shRNAを投与したAPP/PS1マウスでは、運動させても認知機能低下を防げなかった。

 

AβOs投与マウスでは、海馬のFNDC5/irisin量が減少していた。このマウスに、adFNDC5を血管内投与して、末梢のFNDC5/irisin発現量を上昇させた。すると、末梢だけでなく海馬のFNDC5/irisin量も増えていた。

抗FNDC5抗体を末梢投与したAβOsマウスおよびAPP/PS1マウスでは、運動してもシナプス可塑性および認知機能低下は改善されなかった。

このことから、末梢のirisinが脳内に到達し、AD患者のシナプス可塑性や認知機能に対して保護的に働くと考えられた。

My View

運動が認知機能を良くする、という事に関しては、多数の研究報告があり、疑う余地はないように思います。

知り合いの中で、運動と認知機能について研究している人達は、大体みんな、定期的に走っています。

先日SfNで久しぶりに会った香港の友達がかなりすっきりした体系になっていて、

「研究テーマが運動とアルツハイマー病に変わったんだ。調べれば調べるほど運動しなきゃっていう気になって、毎日走るようになったんだ。」

と理由を教えられ、この傾向は国境を超えるのかと思いました。

 

NFDC5/irisinに関しては、数年前に同定され、当時の私の同僚の一人も、いち早く注目して研究を進めていました。

彼はとても優秀な研究者で、1人で何本も論文を書いていて、やる気にあふれていました。細胞を使った実験では、FNDC5に関する新しい結果も出していました。

けれども、その時彼がいたラボはあまり規模が大きくなく、バックアップ体制が整っていなかったので、FNDC5マウスを導入するだけで1年以上かかりました。

そうこうするうちに、運動とFNDC5に関する大きな論文が世に出てしまい(Wrann et al., Cell Metabolism, 2013)、とても悔しそうにしていたのを覚えています。

その後、彼はアメリカの大学に移り、別の研究をしていますが、やっぱり彼の着眼点は良かったなーと改めて思いました。

研究は時間とお金と労力がかかるので、どんなに優秀な研究者も、1人では世界のビッグラボに太刀打ちできません。王道なテーマを研究したければ、やはり環境を選んだ方が良いように思います。

 

その頃に、彼からよく話を聞いたり、論文を読んだりしていたので、今回の論文は馴染みの文言が多く、初めにタイトルを読んだ時は、レビュー論文かと勘違いしてスルーしてしまいました。

中身を見ても、どこに新規性があるのかなーと一瞬ためらいましたが、多分、ADでFNDC5/irisinが下がっている、というところと、FNDC5/irisinとシナプス可塑性の関係に注目したところがが新しいんじゃないかと思います。

 

FNDC5に注目していた彼は、今も定期的に運動しているのかな・・・久しぶりに会って、色々熱い話を聞きたいなーと思いました。

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