点滴

半年前にアメリカから日本に帰国し、そのまま急性期病院で診療を行う事になりました。

しばらくの間ずっと研究メインで仕事をしてきたので、外来患者診療は約5年ぶり、入院患者診療は約12年ぶりと、かなりのブランクがあります。

ここ10年ほどの間に、脳神経内科の診療は大きく発展し、新しい治療法もたくさん増えていました。

しかしながら、私がここで働き始めて、以前との違いを最も強く感じた事柄の多くは、「コロナ禍での診療」に起因する事が多いようです。

新型コロナウイルス感染の患者さんの診療をすることもありますが、今回はそれ以外、「コロナに感染していない患者さんの診療および医療体制」にどう影響がでているのかについて、最近私が感じている事を書いてみたいと思います。

「影響」というと、通常はプラスとマイナスどちらの影響についても考える必要がありますが、本件に関しては圧倒的にマイナスの影響の方が大きい印象なので、今回は主にマイナス要因に絞って書かせてもらいます。

転院できない患者さん達

私が今の病院に勤めだしてからすぐに、「コロナ第8波」が到来しました。

電子カルテのトップ画面に表示される「新型コロナ感染入院患者数」は、数人の状態から一気に70人ほどに膨れ上がり、患者・医療従事者に次々と感染がでて、一般病棟は次々と閉鎖に追い込まれていきました。

第1波~第7波の時期の病棟業務を経験せず、アメリカでただ自宅と研究室を往復してただけの私は、この事態に面食らいながら、病棟Nsから指示されるままにひたすら入院患者さんのコロナ検査を行う毎日でした。

新型コロナウイルスの感染率は凄まじく、誰かの感染が明らかになったら、同じ部屋にいた人達はかなり高い確率で新型コロナウイルス陽性となりました。

陽性になった患者達は、無症状でもコロナ病棟に転棟し、そこに隔離されます。

採血などの検査は可能ですが、その病床から出ることはできないので、10日ほどは大きな検査等を受けることはできず、大人しく隔離明けを待つ事になります。

 

では、コロナウイルス検査が陰性だった人達はどうなるでしょうか?

その人達も「濃厚接触者」になるので、陰性だった人達も一定期間隔離されます。

当院に入院中の患者は、急性期の治療が一段落すると回復期リハビリ病院などに転院するという流れが一般的ですが、この「濃厚接触者」扱いになったために転院のタイミングを逃し、隔離解除になったら今度は転院先がコロナで閉鎖になってまたしばらく次の機会が来るのを待たなければならない、という事例がよく起こりました。

そして、「ただ転院を待つだけ」という状況は、患者さん達にとって大変なストレスとなります。

糖尿病性腎症を合併していたある患者さんは、転院が2ヶ月ほど延びた間に間食が増え、売店でチキンやお菓子を買ってこっそり食べるようになりました。

そのために腎機能が悪化し、透析直前くらいまで悪くなりました。

病棟から注意を受けると、とても落ち込み、今度は何も食べられなくなってしまいました。

熱が出たらコロナウイルスの検査が最優先

最近、第8波が収束の兆しをみせ、電子カルテのトップ画面に表示される「新型コロナ感染入院患者数」は、一桁台まで下がりました。

しかしながら、病院の新型コロナ厳戒態勢を緩めるかどうかについては慎重に行う必要があるので、今は実情と病院の体制に少し乖離がある状態と言えます。

 

例えば、入院患者の誰かが熱を出すと、今は必ずインフルエンザと新型コロナウイルスの検査を行う必要があります。

それ自体は大切な事ではありますが、問題は、当院では新型コロナウイルスの検査を行うと、PCRの陰性結果が出るまで病棟は隔離され、患者はその部屋から一歩も外に出せなくなることです。

そしてそのPCR検査は夕方にしか結果が出ないので、その日に患者が病室を出て他の検査や処置を受ける事が難しくなります。

それは時に、治療や処置が遅れる原因となる場合があります。

 

例えば、少し前の話。

尿管結石による複雑性尿路感染症を合併していた患者さんがいました。

その時、膀胱の浮腫のために尿管ステントを入れる事ができず、抗生剤のみで対応する事となりました。

一時期は抗生剤が効いて症状は収まりましたが、ドレナージできていなかったので、再び熱発する可能性が残っていました。

そして、抗生剤を終了してからしばらくして、退院直前に患者さんは熱発しました。

尿所見も一気に悪くなっており、複雑性尿路感染の再燃と考えられました。

私はすぐに泌尿器科を受診し、もう一度尿管ステント留置にトライして欲しいとお願いしようと思いました。

ところが、病院のマニュアルでは「熱が出たらまずはコロナの検査」となっているので、それに従うと先に新型コロナウイルスのPCR検査を行わなくてはなりません。

そしてマニュアルでは、「コロナ検査中の患者は、陰性の所見が確認されるまで隔離」となります。

新型コロナウイルス感染以外の感染を強く疑っていても、コロナの検査が優先されるので、その日は患者さんを部屋から出せず、泌尿器科受診は翌日に延期しなければならない状況でした。

このように、「新型コロナウイルス検査」を優先しなければならない状態では、そのために患者さんが本当に必要とする処置が遅れる、と感じる事が何度かありました。

家族は病院からの電話だけが頼り

現在、新型コロナウイルス感染拡大を防ぐために、多くの病院が「面会禁止」という方針をとっているようです。

当院も患者家族の面会を禁止していて、家族が患者と会えるのは、基本的に入院前と退院前の病状説明の時のみとなっています。

いつもなら入院中、家族はお見舞いに来て、患者の状態を直接確認できますが、今はそれが叶いません。

病院からの電話連絡だけが頼り、という事になります。

 

このため、私達医療者側の電話連絡の回数も大幅に増えました。

私の印象としては、「一日の診療の半分くらいは誰かに電話しているんじゃないか」と思うくらいです。

重症例や、家族がとても心配している症例の場合には、ほぼ毎日電話してその日の状況をお伝えする事もありました。

 

それでもやはり、百聞は一見に如かず。

電話や本人抜きのICでは情報がしっかりと伝わらず、何かを決める必要がある場面で家族が選択に迷う事も多いように思います。

家族の葛藤

今回、「コロナ禍での入院診療」を文章に残しておきたくなったのは、上記「面会禁止」のため、患者家族の葛藤に遭遇する場面が何度かあったからでした。

コロナ禍であるが故に入院によるメリットとデメリットが交錯し、家族は、本来入院治療を行った方が良いとはわかっていても、最終的に退院という選択をする場合があります。

「入院しない」という選択

当院は脳梗塞の症例が多く、脳梗塞になったらどんなに軽症でもその後悪くなる可能性があるので、基本的に緊急入院となります。

ところが、「入院中に患者と家族が会えなくなる」という理由で、患者家族が本人を入院させない、もしくは入院翌日に退院させる、という選択肢を選ぶ場合がありました。

その患者さん達はだいたい超高齢の方々で、入院して家族と全く会えなくなることで認知症の症状が悪くなったり不穏になったりする可能性があるために、家族が難色を示す事が多い印象です。

医療者側としては、しばらく入院して治療を開始し、その間に脳梗塞の原因精査を行ったりしたほうが良いわけですが、家族の方々の主張ももっともな場合が多く、軽症症例などの場合は「入院治療しないことへのリスクを十分に理解した上で退院を希望された」という事をカルテに記載することに了承してもらって退院とする事もありました。

その場合、家族の方々は皆、「コロナで面会禁止じゃなければこんな事は希望しないんですけど。」と仰っていました。

一分一秒でも長生きしてほしい、けれど、最期は家族一緒に過ごしたい

ある神経難病の患者さんがいました。

その方のご家族は、これまで大変熱心に看護されてきました。

 

患者さんは神経難病の末期で、不顕性誤嚥による誤嚥性肺炎を繰り返していました。

私が主治医として受け持ったときは、前回の退院から10日ほどしか経っていませんでした。

 

ご家族の希望は「一分一秒でも長生きしてほしい、そして、最期は家族で見守りたい」というものでした。

ご家族は毎日のように病院に電話をかけ、患者さんの状態を質問したり、インターネットで治療法を調べて適応があるかどうか聞いてきたりしてきました。

私も検査データが出た日は必ず電話をかけ、状態をお伝えするようにしていました。

 

抗生剤が効いて、炎症反応も収まり、このまま予定していた投与期間が終了したら退院できるかと考えていた矢先の事、

患者さんの呼吸状態が悪くなりました。

新たな肺炎が起こり、低アルブミンと心不全で胸水が著増したことで、中等量以上の酸素投与を必要とするようになりました。

ご家族は、辛い選択をしなければなりませんでした。

「このまま状態が悪くなって自宅に戻れなくなる可能性を覚悟しながら病院での治療を続けるか、退院して自宅で家族に見守られながら最期を迎えるか、どちらを希望するか。」

というものです。

 

ご家族の、「できる限りの治療をして、一分一秒でも長く生きて欲しい」という願いと、「最期は家族全員で見守りながら一緒に過ごしたい」という願いは、コロナ禍で面会禁止の状況下では相反するものでした。

特例で面会を許可してもらえたものの、面会制限を完全には解除できず、ご家族は一人ずつ、一定時間ずつしか患者さんに面会できなかったからです。

……ご家族は退院を希望されました。

システムは大切、だけど……

私が以前入院診療業務をしていた頃は、診療の指針として各学会がガイドラインを制定し、クリニカルパスを運用し始めた頃でした。

それ以前の医療体制では、診療の内容は医者の手腕にかかっていたところが大きく、それによって患者の受ける医療の質にも差がある印象でした。

当時と比べると、現在、各種診療ガイドラインは充実し、病院のシステム化も進んで、患者さん達は適切な医療を平等に受けられるようになっている印象があります。

特に今回のようなコロナ禍では、国や自治体、各病院が適切なマニュアルを作成し、組織としてそのマニュアルどおりに動く事は、感染拡大防止のために非常に重要だと思います。

 

一方で、ある部分では、患者一人一人の背景や状態に合わせたテーラーメイド医療を選択すべきではないだろうかと思う時があります。

……けれども、システムが機能するためには、できるだけ例外を作らないよう務める事も必要のようです。

 

 

コロナ禍の診療業務、

医療従事者は通常の何倍も神経をすり減らし、疲弊し、

患者とその家族は辛い選択を迫られる頻度が増えているように感じます。

 

 

先日の政府の発表によると、5月8日からは、新型コロナウイルスの感染法上の分類を5類に引き下げる予定とのこと。

……これによって、しんどい思いをする人たちの数が少しでも減ってくれたらいいなあ、と思う今日この頃です。

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