love-to-learn

先日、長男(11歳)との会話の中で、勉強についての話題になりました。

長男は、親や先生達から勉強するように言われるから勉強しているけれど、その勉強自体にはあまり価値を感じていないそうです。

「『Learn (学び)』は大事かもだけど、『Study (勉強)』は、大人達から言われる程には大切なことだとは思わない、もっと他にしたいことをすればいい。」

というのが彼の意見でした。

私も子どもの頃同じように考えていたことがあったので、彼にその事を話し、今の自分の考えについても話しました。

彼は

「そっかー。わかった!」

とは言っていましたが、10代の少年が本当に理解するのはちょっと難しいかもしれないので、

彼が大人になったときに再び目にする機会があればと思い、記事として残すことにしました。

子どもの頃、勉強の大切さはあまり理解していなかったと思う

私は、小中高と学生時代を過ごしてきて、日本の学生の平均よりは勉強してきたように思います(大学時代はかなり遊んでしまい、今になって激しく後悔中…)。

ここで言う勉強とは、所謂「受験勉強」とゆーヤツです。彼の言う「study」に該当すると思います。

個人的には、新しいことを知ったり考えたりすることは楽しかったし、目標を持って勉強することにはやりがいを感じていました。

 

ただ、勉強は自分のためにしていたという感じで、

「大人はよく『勉強した方がいい』ってゆーけど、人生には勉強より大切な事がたくさんあるよね。」

と思っていました。

また、

「頭のいい人ってゆーのは、頭の回転が早くて、勉強しなくてもテストで100取れちゃうような人」

のようにも思っていました。

大人になって「勉強」に対する価値観が変わった

大人になってから、色々な人と会話したり、世間の情報に触れたりする中で、私の中で勉強に対する考え方が変わってきたように思います。

 

世の中では、強盗や殺人などの犯罪が後を絶ちませんが、貧困と教育と犯罪率には強い相関がみられます。

お金がないから人のモノを奪わないと生活できない、確かにそのとおりですが、

どうやったらそのような生活から抜け出せるか、その方法を学ぶ機会が得られず、他の選択肢を知らない、という事が一番の要因のようにも思います。

 

この機会に、私が最近特に感動した動画の一つを紹介させてもらいます(和訳もありますが、是非、本人の魂の叫びを英語で聞いてほしいです)。

講演者の Curtis Carroll さんは、スラム街で生まれ、17歳のときに強盗殺人で懲役54年の実刑判決を受けました。

彼は文字も読めず、犯罪でしかお金を得る方法を知りませんでしたが、刑務所の中で勉強を始め、株式の仕組みや、フィナンシャル・リテラシーについて学びました。

そして現在、刑務所の中で囚人たちにフィナンシャル・リテラシーを教える組織(F.E.E.L)を立ち上げ、彼らが健全に社会復帰できるためのサポートをしています。

 

スラム街に限らず、世の中には、生まれた家庭や地域、宗教や文化の違いなどで十分な教育を受けられず、辛い人生から抜け出す方法がわからないまま一生を終える人達がたくさんいます。

その中でも極一部の人達は、人生の途中で勉強の重要性に気づき、その人生から抜け出していく事があります。

 

 

ここでいう勉強とは、もちろん受験勉強のような狭い内容ではなく、もう少し広い人生勉強のようなものも含まれます。

では、

「学校で習う国語・算数・理科・社会などの勉強が自分たちの人生にどう役立つのか」

と問われると、

「一つ一つの事柄は直接的には役に立たないことも多いかもしれないけれど、それらの知識を総括する事で、その後の人生に大いに役に立つ」

というのが私の答えです。

 

自戒も込めて述べさせてもらいますが、

「勉強できる環境で生まれ育ったかどうかに関わらず、子どもの頃にしっかりと学ぶべき事を学んできたかどうかが、その後の人生をどう生きるかに大きく影響する」

んじゃないかと思っています。

少し補足すると、

「学校の授業で、問題の答えやテストの点数等にだけ注目するなら、その勉強は将来あまり役には立たないけれど、

根本的知識や、問題の解き方、背景の考え方などを子どもの頃にしっかりと学べば、大人になってから色々な問題や困難に遭遇したときに、自分で調べて考え、その問題や困難を自力で解決できるようになる」

と思っています。

つまり息子の言葉を借りれば、「Study」「Learn」は繋がっていると思うのです。

 

 

世間のニュースやネットでの色々な人達の意見を伺う中で、

「なんでこの人達はこんなふうに短絡的にしか物事を考えられないんだろう?」

と感じる事があります。

彼らは、他の人と同じ情報を受け取っても、それに対する捉え方が浅く、

一歩引いて物事を観察したり、他にどのように解釈できるか考えようとしたりせず、感情的に意見を述べてしまうようにみえるのです。

 

このような人達が、ある日何らかの理由で突然所持金がゼロになったり、他人から裏切られたり、ひどい仕打ちを受けたり、自分の望むような結果が得られなかったりした時、

その根底にある原因には目を向けず、

自分の置かれた環境を嘆いたり、周りの人達を避難したりするだけで、

目の前の壁を自力で乗り越える事ができないんじゃないかと思います。

 

 

私は、大人と呼ばれるようになってしばらく経ちますが、

自分が子どもの頃の何倍も勉強しているにも関わらず、まだまだ勉強すべきことがたくさんあると感じています。

大小様々な挫折を経験し、人生を悲観するような時もありましたが、後から思い返せば、全ての事柄は自分の無知無学に起因していたように思います。

そして小中高校生の時に勉強した内容を思い出し、それを仕事や生活に活かす事も、意外と多いと感じています。

 

このような考えは、子どもの頃には持ち合わせていませんでした。

全て後から思い起こしたときに、記憶と経験が繋がってきたのです。

この概念は、私がもう何万回と繰り返し観ている下記動画の中で、 Steve Jobs 氏が語っている「connecting the dots」の中にも登場してきます。

You can't connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards.
So you have to trust that the dots will somehow connect in your future.
— Steve Jobs (1955-2011)
将来を見据えて(知識や経験などの)点と点をつなぐことはできない。
後々の人生で振り返った時に初めて点と点がつながる。
だから、将来(自分が取り組んでいる事の)点と点が繋がる、と信じるしかない。

世界中のみんなが学び、考えられる世界になってほしい

子どもの頃、世の大人達が語っていた「教育が最も重要」という考え方は、子どもの頃にはピンときていませんでしたが、

自分が大人になった今は、激しく賛同しています。

 

もちろんそれは、受験勉強だけを頑張って、いい学校やいい会社に入ったり、メディアで知識をひけらかしたりするためではありません。

大人になってから自分で調べ、そこからヒントを得、自分で考えてよりよく行動できるようになるために、よりよい社会をみんなで作っていくために、学校の勉強は必要不可欠だと思うのです。

 

なので私は、教育を仕事にする人達を心から尊敬しています。

自分は別の職業につき、世の子どもたちの教育に携わる事は殆どないですが、

せめて自分と関わりのある子どもたちには、学びの大切さを伝え、自ら学べる人間に育ってほしいと思っています。

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