承認欲求

今日は、子供達に無駄な教材費を使っていると非難され、子供の前で泣いてしまいました。

こちらに来てから彼がお金のことを気にしている事を知っていたので、生活費を極力切り詰め、自分の事にはなるべくお金を使わないよう努力していたのですが、理解されてはいないようです。

 

学校でもデイケアでも昼食が提供されるにも拘わらず、アメリカの食事を毛嫌いして食育を気にする彼に気を使って毎朝家族全員分のお弁当を作り、

子供達が勉強に取り掛かるのが遅いとイライラする彼に先回りして自宅勉強を促し、

子供達の理解が悪いと語尾が強くなる彼に代わって、なるべく子供達のストレスのかからないように勉強を教え、

毎晩、アメリカでの限られた食材を使って和食中心のメニューを揃え……

男である自分の方の仕事がうまくいっていない状況では、私が仕事に注力する事を嫌がって不機嫌になるので、今では研究の事を考えるのを一時中断し、仕事をセーブして様子を見ています。

 

 

以前の私であれば、とっくにGive Upしていそうな生活を半年以上続けられたのは、私が自分の考えを変えてきたからじゃないかと思っています。

その一つは、「承認欲求を封じる」という事です。

 

「頑張っている事を知ってほしい、認めてほしい。」

私は、子供の頃からそのような気持ちが強かったと思います。

 

しかし、彼に理解してもらいたいという気持ちを持ったままでは関係が悪くなると感じ、私は自分の承認欲求を封じる努力をしました。

折れそうになりながらも、最近はある程度うまくいくようになったと思います。

 

けれども自分の中で無理をした状態では、些細な事がきっかけで容易に崩れてしまうものです。

承認欲求は簡単に捨ててしまえるものではなく、自分の中に抑えつけていただけだったのでしょう。

だから、自分の努力に気づいてもらえず、非難されることがこんなにも悲しいのだと思います。

 

 

以前、こちらのシステムに柔軟に対応し自分を変えていく事を提案したとき、

「自分を変えるのは20代まで。30代以降はそれまでに培った自分を貫くべきだ。」

と彼は言いました。

けれども、以前も書きましたが、私は何歳になっても、変化しつづけ、環境の変化に適応できる人間でありたいと思っています。

それが今の職場で功を奏していると感じる事も多いです。

It is not the strongest of the species that survives, nor the most intelligent, but the one most responsive to change.
— Charles Darwin (1809-1882)
生き残るのは、最も強い種でも、最も賢い種でもない。変化に最も適応できる種なのだ。

彼が自分を変えないと決めているのであれば、様子をみながら私が変わっていくしかありません。

いつもは彼の意見に容易に左右される私ですが、

「変化し続ける事」

これに関しては彼から否定されても自分の信念だと思い続けられます。

 

 

今回の事で、承認欲求を捨て去る事は難しそうだと感じましたが、このように文章にする事は、自分の気持ちを整理し、コントロールする上で良い方法だと思いました。

また直接言葉をもらわなくとも、子供達から慕われていると感じると、これからも頑張ろうと思えます。

 

暗中模索の日々は続きますが、まだ自分は変われると信じ、明日からまた頑張ります。

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