緊急入院の翌日、私は本来、東京で講演する予定でした。
けれども、できるだけ病院の近くにいたかったので、オーガナイザーの方々に、私の発表のみ現地講演ではなくオンライン配信に変更できないかお願いしました。
先方はすぐに対応してくださり、病院近くのホテルの一室を借りて、そこでオンライン配信できるよう、段取りを組んでくれました。
「主治医の先生からテキストがきたけど、昨日よりも状態はいいみたい。これから形成外科の受診があるらしいから、僕が付き添うよ。講演が終わったら連絡して。」
夫はそう言って、家を出ていきました。
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私はスーツに着替えてタクシーに乗り込み、指定されたホテルまで向かいました。
予約された部屋に入り、荷物を下ろすと、私はオーガナイザーに指示されたとおりに回線を繋ぎました。
事前に頂いた情報によると、既に350人以上の方々が聴講登録をしているとのこと。
回線不良などで迷惑をかけるわけにはいきません。
粛々と準備を進めていると、夫から電話がかかってきました。
「朝は状態が良くなったって連絡が来てたけど、まだ動くと吐いていて、上下の複視も続いてた。さっき形成の先生が診察してくれて、これから緊急手術することになった。」
話を聞くと、子供の眼窩底骨折の場合、大人と違って骨が柔らかく、息子の骨も骨折後にすぐ位置が戻ったのですが、その際に眼球周囲の脂肪組織を挟み込み、そのために眼球運動が制限されているとのこと。普通なら、この状態では具合が悪くて目も開けられない人が多いそうです。嘔吐が続いていたのは、脳震盪だけが原因ではなく、この眼窩底骨折に伴う眼球運動制限なども関係していたのかもしれません。
夫は続けました。
「今日の講演だけどさ、もっと早く抜けることはできないかな。」
講演は、質疑応答やパネルディスカッションも含めて1時間半程度の予定です。
けれども私の発表自体は20分程度で終わるので、その後のパネルディスカッションなどを免除してもらえばもっと早く病院に着くことができます。
オーガナイザーの人に事情を説明すると、私は発表のみで途中退席し、それ以降のセッションは共演者の方々で対応していただける事になりました。
折しも、会のテーマは仕事とライフイベントとの両立についてでした。
私は、「家庭は基本であり、家族の中の誰か一人でもアンハッピーだったら、仕事も進まない」と話しながら、声が詰まらないよう、必死でした。
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発表が終わると、私は回線を切り、荷物をまとめてホテルを後にしました。
携帯には、「これから手術が始まる」というメッセージが入っていました。