words of wisdom

少し前にラボのみんながお別れ会を開いてくれましたが、それ以外にも多くの方々から、個別に食事に誘ってもらったり、時間をとってミーティングをしてもらったり、手紙をもらったりしました。

それらの中で、特に今後の成長の糧になりそうだと感じた言葉やアドバイスを書き残しておきたいと思います。

Words of Wisdom:from 新ディレクター

「君が旅立つ前に、一度ミーティングできたらいいね。僕のオフィスに来る事はできる?」

そう言ってくれたのは、Co-PIのIOA退任後に新たにディレクターの役職についたEでした。

彼はディレクターになってから益々忙しい日々を送っているようでしたが、1時間、私のために時間をとってくれました。

私の現状報告と帰国後の方針について

Eが時間をとってくれた理由の一つに、私が帰国後にどこまでラボのリソースを使えるか相談した事がありました。

ラボには剖検脳データの他、凍結脳、血液・髄液、画像、遺伝情報など、様々なリソースが保管されています。

私は帰国後着任予定の直ラボのPIから、そのデータを使ってopen endな解析等ができるかどうか打診されていたのでした。

私はEに、ここ数ヶ月感で私の身に起こった出来事を話し、ここのデータやサンプルを使って解析を行う事は、直ラボメンバーの信頼を得るためのお土産のようなものにもなると伝えました。

Eからの質問

「状況を把握するために教えてほしいんだけど、なんで君の夫と君でそこまで待遇に差があるの?

私はとっさに考えた理由を3つ述べました。

考えられる理由1:育児中の女性は仕事に100%のエフォートを注げず、戦力ダウンと見なされる可能性がある

一般論として、女性が働くにあたって、出産・育児によるdisadvantageが生じる事は、現在の日本においてはまだ避けられない現状にあると思います。

私は修練医として働いていた時、診療科の部長から最初に言われた言葉は、

「妊娠・出産は計画的にしてね。仕事に穴があいてみんなが困るから。」

でした。

私は大学院進学後、「出産・育児によって仕事の質や量が落ちる人」と思われないよう努めていたため、このファクターは私に対してはそこまで大きくなかったかもしれませんが、それでも潜在意識の中には一定のファクターとして存在していたかもしれません。

考えられる理由2:ラボへの貢献度が違う

主人は大学院に入った時、最初からChairのメインラボへの所属を希望していました。

それは特にChairの研究テーマに最も関心があったからではなく、

「研究できるならどんなテーマでもいい。けれどもするなら、一番大きなChairのラボに所属した方がいい。Chairの下で直接働き、Chairのサイエンスに触れる機会を多く持つ事が、最も効率的なトレーニングなると思う。」

という理由でした。

それから約10年ほど、彼はChairの下で直接働き、多くの雑用を引き受けると同時に、多くの後輩を育ててきました。

渡米後も自分と後輩双方で毎年コンスタントに数報ずつ論文を出しており、メインラボへの貢献度は非常に高いと言えます。

 

一方私は、最初Chairのラボの研究テーマに興味がなかったので、支部ラボへ入りました。

その後紆余曲折をへてメインラボで3年間働く事になり、ある程度は貢献していましたが、主人の貢献度と比べるとかなり低いものになります。

私が蔑ろにされたわけではないですが、主人が重要人物と見なされるのは当然の事だと思います。

考えられる理由3:メインラボの研究テーマから外れた

上記2つは、「印象」という点である程度ファクターになったとは思いますが、おそらく直接の原因ではないでしょう。

一番の理由は、「私がChairの専門のテーマと違うテーマを留学後のテーマとして選択した」という事だと思います。

私は大学院中は認知症関係を研究していましたが、大学院卒業後にChairから「これからはメインラボのテーマをしてください」と言われて雇われました。

そこで3年間真面目に働きましたが、留学先では自分が最も興味のある研究テーマに取り組みたいと思い、別の研究テーマで計画をたてました。

そして帰国後もそれに関連した研究継続を考えており、それはメインラボの研究テーマから外れる事を意味するので、メインラボに戻る事はできなくなりました。

そんな私の帰る場所としてChairが考えてくれたのが、直ラボだった、というわけです。

ただ、直ラボの方からしてみたら寝耳に水の話で、Chairから頼まれてOKしたものの、私を受け入れる準備はできていなかったのでしょう。

あまりポジションや給与面で優遇できないけれどもそれでもいいのなら受け入れます、という感じだったんじゃないかと思います。

 

そう考えると、Chairも直ラボも、私に対してかなりの配慮をしてくれたのだと思います。

今後の方針について、新ディレクターからの提案

Eは、話を聞いてすぐに状況を想像できたようでした。

「OK、分かった。じゃあこれからの話をしよう。」

Eからの返事は、

  • ラボのリソースを使う事はできるが、open endの研究に対しては専門委員会からの承認がおりないと思う。
  • 日本の動物実験のメタ解析で候補として上がった遺伝子やタンパクをヒトサンプルで検証する事はできる。
  • その場合、事前にプロジェクトの研究計画をまとめ、提出してから承認となる。まずはEに直接送り、そこから本部署に送るのが一番効率的。
  • ただ、うちのラボは健常人サンプルが極端に少ない。別の施設のリソースがあらゆるデータを公開しているので、そちらにアプライして使わせてもらうほうがいいと思う。
  • 直ラボにはあまりそれらの詳細を話さず、常に自分を通して物事を進めるようにしておく方がよい。直ラボに伝える内容は考えて、ある程度制限しておいた方が良い。

最後の言葉にはちょっとドキッとしましたが、ある程度は必要な事のようにも思いました。

私はCo-PIを見習い、3施設コラボミーティングの時に善意で直ラボPIを誘いましたが、確かに私は手持ちカードを失い、困った事になりました。

相手を信用しすぎず、戦略的に情報開示する事も、ある程度は必要なのかもしれません。

新ディレクターからの言葉:自分だけにしかできない強みを身につける

Eは言いました。

「周りの人から必要とされる人物になるために、君はこれから何を習得すべきか、常に考えて行動していくんだ。

他の人には真似できない、自分だけの強みを身に着け、それを育てるんだよ。

最初は時間がかかる。けれども、それが後から大きな違いを生むはずだ。」

Eは続けます。

「例えば僕の場合、僕は病理はマスターしたけど、それができる研究者は他にもゴマンといる。どうしたら唯一の存在になれるか、僕は一生懸命考えたんだよ。

Co-PIも病理医だけど、彼はPIというパートナーと一緒に働く事で、ヒトサンプルを使った病理と生化学の融合という分野を開拓し、他には真似できない、自分達だけのアイデンティティを確立したんだ。

僕は、Co-PIから独立する際、Co-PIとPIのパートナーがまだ手をつけていない領域を開拓して、そこに僕のアイデンティティを作ろうと決めた。

それで、独立してラボを立ち上げたときに、エピジェネティクス等を一から勉強して、Co-PI/PIコンビの病理/生化の融合の分野の更に先に、自分の専門分野を展開していったんだ。」

 

私がバイオインフォマティクスに興味があり、少しずつ勉強している事を話すと、彼はすぐに言いました。

「いいね。これからの時代は、バイオインフォマティクスの需要が一番高いと思う。

一から勉強するのは大変だけど、その知識と技術を身につけて、病理/生化と組み合わせれば、君はきっと周りから重要な人物として必要とされていくはずだ。」

今から始めても遅くない?

私は、ずっと心配していたことを聞いてみました。

「私自身は勉強が好きで、できれば死ぬまで新しいことを学んでいきたいと思ってる。

でも最近、年齢の事を気にしないとかなと思うようになってきた。

夫はいつも

『自分達の年齢からは新しい事に挑戦するのではなく、今まで学んで来たことを活かしてアウトプットする時期だ。』

と話しているし、

Jack Maもあるインタビューで、

『20代、30代はどんどん新しい事に挑戦してどんどん失敗しなさい。それが後に必ず活きてくる。

でも40代になったら新しい事に挑戦しないで、それまでに習得した知識と能力で勝負しなさい。新しいことを始めようとしても It's too late!』

って言っていたし。」

 

Eは少し考えて答えました。

「君の言いたい事はわかるよ。20-30代のほうが頭も柔らかいし、40代からはどちらかというと頭の機能は下がっていくだけって感じだよね。

でも、本当に優秀なPIは、10年くらいおきににテーマをがらっと変えていったりするんだ。

それはそのテーマがいまいちで変えざるを得ないってこともあるけど、どちらかというと積極的に変えていく傾向が強い。

それによってラボを半永久的に発展させつづけているんだ。」

 

彼は今ラボPIを例にあげました。

今このラボはタンパク凝集体の伝播をメインの研究テーマにしているけど、

この現象が報告され始めたとき、PIはジャーナルクラブとかで論文が紹介されても、

『そんな事あり得ない。データは全部デタラメだ!』

って一蹴してたんだ。

でも今ではご覧の通り。

彼女が方針を転換したのは10年前ちょっとだから60代でしょ?

それに、この間バイオマーカーの発表してた先生は、それまで腎臓の研究をしていて、40代後半から神経系のバイオインフォマティクスの研究に転換してる。

結局、 何歳になっても常に大幅な方向転換をしていけるラボが最後まで繁栄するのさ。」

有意義な時間

Eの話は一言一句逃したくないものばかりで、私は

―― ミーティングの前にレコーディングしておけばよかった。

と思いました。

 

最後に一緒に写真を撮ってもらうようお願いすると、彼は言いました。

「もちろん。この間Co-PIが亡くなった時、僕達みんな、

『もっといっぱい写真を撮っておけばよかった。』

って学んだよね。」

と言って、カメラに向かって素敵な笑顔を見せてくれました。

 

別れ際、Eは言いました。

「これから、この事をずっと覚えていて。

必ず下の人達を大切にするんだ。上の人達じゃなく、下の人。後輩を大切にするんだよ。

この言葉はつい先日、A先生からも教えてもらったものでした。

 

「絶対にこれからも繋がっていよう。いつでも連絡してね。」

「どうもありがとう。大好き!」

私はEに何度も御礼を言ってハグをすると、手をブンブン振りながら彼のオフィスを後にしました。

 

Words of Wisdom
自分だけの強みになりそうな能力獲得を目指す。
最初は時間がかかるけど、後に大きな差を生む。
学び始めるのは何歳からでもOK。
変化しつづける人が最後まで生き残る。
自分より下の人達を大切にする。
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