神経変性疾患で大きなトピックとなっているタンパク凝集体の実験について。
リコンビナントのタウやα-シヌクレイン (α-synuclein, α-syn) の凝集体は、実際の患者さん脳内のタンパク凝集体と構造が異なることが、度々問題になってきました。
でも、ヒトの脳からタンパク凝集体を抽出するのは毎回大変だし、サンプル数も限られている……
という事で、うちのラボで必死になってやっているのが、
「ヒトの脳から抽出したタンパク凝集体を鋳型にしてリコンビナントタンパクを使って凝集体を増幅させる」
というもの。
この研究には、
「増幅させた凝集体は、オリジナルの凝集体と同じ」
という事が前提になるのですが……
今回、イギリス・MRC分子生物学研究所の Dr. Goedert、Dr. Scheres らの研究グループは、
多系統萎縮症 (Multiple system atrophy, MSA) の患者さんから抽出した α-syn のぞう副産物をクライオ電子顕微鏡法 (cryo-electron microscopy, cryo-EM) で観察し、
「オリジナルの凝集体と構造が違ったよ。」という内容を報告しました[1]。
MSA由来の凝集体の α-syn を増幅させるのは難しいみたい
彼らは以前、MSA患者さんから抽出したα-synの構造を cryo-EM で観察していました[2]。
Cryo-EMで前方側頭葉変性症(FLTD), アルツハイマー病(AD), 慢性外傷性脳症(CTE), 大脳皮質基底核変性症(CBD)のタウを次々と解析している、イギリス・MRC Laboratory of Molecu …
今回は、その時使われた α-syn凝集体
- Case 1
- Case 2
- Case 5
にリコンビナントα-syn を混ぜて増幅させ、その増幅産物を再度 cryo-EM で観察し、オリジナルの凝集体との違いを調べました。
色々丁寧に調べていますが、
結論としては、
- Case 1 と Case 2 はオリジナルと全く構造の違う α-syn 凝集体ができた
- Case 5 は、対になっている凝集体の片方だけが増幅された
という感じ。
そしてsupplementaryの内容をみると、Case 1 と Case 2 で増幅された産物は、リコンビナント α-syn だけで増幅した凝集体と構造が似ているみたい……
それって、増幅目的で追加した リコンビナントの α-syn が自己凝集しただけってこと?
……という事も考えられますが……
まあ、いずれにしても、オリジナルの形態を保ったまま凝集体を増幅させるのは、総じて難しい、ということみたいです。
RT-QuIC とか、PMCA とか、増幅方法にも色々あるので、一概には言えませんが、
今まで度々目にしてきた「α-syn 凝集体の増幅産物を使った実験 [3, 4]」で使った増幅産物が、どこまでオリジナルの凝集体の状態を保てているのか……
アルツハイマー病 (Alzheimer's disease, AD) やパーキンソン病 (Parkinson's disease, PD) などの神経変性疾患の研究領域では、 異常に凝集したタンパクが細胞内外に蓄積し、病 …
若干心配になる今日このごろでした。
References
- Lövestam S, Schweighauser M, Matsubara T, Murayama S, Tomita T, Ando T, Hasegawa K, Yoshida M, Tarutani A, Hasegawa M, Goedert M, Scheres SHW. Seeded assembly in vitro does not replicate the structures of α-synuclein filaments from multiple system atrophy. FEBS Open Bio. 2021 Apr;11(4):999-1013. doi: 10.1002/2211-5463.13110. Epub 2021 Feb 24. PMID: 33548114; PMCID: PMC8016116.
- Schweighauser M, Shi Y, Tarutani A, Kametani F, Murzin AG, Ghetti B, Matsubara T, Tomita T, Ando T, Hasegawa K, Murayama S, Yoshida M, Hasegawa M, Scheres SHW, Goedert M. Structures of α-synuclein filaments from multiple system atrophy. Nature. 2020 Sep;585(7825):464-469. doi: 10.1038/s41586-020-2317-6. Epub 2020 May 27. PMID: 32461689; PMCID: PMC7116528.
- Shahnawaz M, Mukherjee A, Pritzkow S, Mendez N, Rabadia P, Liu X, Hu B, Schmeichel A, Singer W, Wu G, Tsai AL, Shirani H, Nilsson KPR, Low PA, Soto C. Discriminating α-synuclein strains in Parkinson's disease and multiple system atrophy. Nature. 2020 Feb;578(7794):273-277. doi: 10.1038/s41586-020-1984-7. Epub 2020 Feb 5. PMID: 32025029; PMCID: PMC7066875.
- Van der Perren A, Gelders G, Fenyi A, Bousset L, Brito F, Peelaerts W, Van den Haute C, Gentleman S, Melki R, Baekelandt V. The structural differences between patient-derived α-synuclein strains dictate characteristics of Parkinson's disease, multiple system atrophy and dementia with Lewy bodies. Acta Neuropathol. 2020 Jun;139(6):977-1000. doi: 10.1007/s00401-020-02157-3. Epub 2020 Apr 30. PMID: 32356200; PMCID: PMC7244622.