TBIとタウのアセチル化フローチャート

外傷性脳損傷 (traumatic brain injury, TBI) は、外傷による神経障害を指し、特に後にタウやTDP-43が異常凝集し、神経変性が起こる慢性外傷性脳症候群 (chronic traumatic encephalopathy, CTE) が社会問題となっています。

外傷後にどのように神経変性が起こるのかについては、様々なメカニズムが推測されており、治療ターゲットとしていくつか候補薬剤も出てきています。

今回、アメリカ・クリーブランド大学病院メディカルセンターの、Dr. Pieper らの研究グループは、

頭部外傷によりタウのアセチル化が起こること、そこに至るまでの一連のプロセスを抑制することで、神経変性を抑制できることを報告しました [1]

タイトル

タウのアセチル化を抑制すると、外傷性神経変性を抑制できる

頭部外傷モデルマウスでタウのアセチル化を確認

彼らは、"Jet-flow OPC apparatus" という装置で、TBIモデルを作製しました [2]

マウスの頭蓋骨を露出させた形でこの装置に固定し、ジェットフローをあてて、TBIを起こします。

jet-flow

マウスのタウ K263 と K270 (ヒトのタウ K274 と K281 に対応) の抗体を使って、ウェスタンブロットでタウのアセチル化を確認したところ、

TBI後、6時間-2週間で、ニューロンでのタウのアセチル化が上昇しました。

タウのアセチル化

TBI後のタウアセチル化は、軸索起始部の変性およびタウの局在変化を誘導する

タウのアセチル化は軸索起始部 (axon initial segment, AIS) の変性を誘導する事が知られているので、著者らは AIS の構成タンパクである AnkG や βIV-spectrin の発現量を調べました。

TBI 後、タウのアセチル化上昇と相関して AIS の構成タンパク量が現象しており、

「TBI → タウアセチル化 → AIS の変性」が生じていると考えられました。

またそれと呼応するように、タウの局在が軸索から細胞体の方へ変化しました。

タウの局在変化

TBI後のタウアセチル化には、GAPDH の S-ニトロシル化、p300/CBP↑、sirtuin 1↓が関与

タウアセチル化に関しては、「GAPDH の S-ニトロシル化 → p300/CBP アセチルトランスフェラーゼの活性化 / sirtuin 1 脱アセチル化酵素抑制 → アセチル化促進」という流れが知られていたので、

著者らは GAPDH や sirtuin 1 の S-ニトロシル化を調べました。

すると、GAPDH は TBI 後に S-ニトロシル化されており、

  • GAPDH の S-ニトロシル化阻害 (CGP3466B)
  • p300/CBP 阻害剤 (salsalate)
  • sirtuin 1 活性化 (Wlds マウス, P7C3-A20投与)

などで AIS の変性やタウ局在変化が抑制されました。

神経変性

アセチル化タウの上昇は、TBIのバイオマーカーとなり得る

タウは脳から血中に移行しやすいので、著者らはマウスとヒトのサンプルでTBI後のアセチル化タウの量を測定しました。

マウス血漿中のアセチル化タウは、TBIにて上昇しており、CGP3477B、salsalate、P7C3-A20 投与で抑制されました。

テキサスメディカルセンターで診療を受けた TBI 患者さんの血漿中を測定すると、血漿中のアセチル化タウは入院1日目で50%ほど上昇していました。

これらの患者さん達は、血漿中のリン酸化タウ (pTau181) の量は上がっていなかったので、アセチル化タウは、TBIのバイオマーカーとして有用だと考えられました。

TBI の既往があるアルツハイマー病の患者さん脳内では、アセチル化タウの蓄積が起こっている

TBI と アルツハイマー病 (Alzheimer's disease, AD) 病理については関連が深いので、著者らは、TBI の既往のある AD 患者さん剖検脳でアセチル化タウについて調べました。

結果、TBI の既往がある AD 患者さん脳内では、TBI の既往がない方よりもアセチル化タウの蓄積量が増えていました。

p300/CBP阻害剤の内服には、TBI や AD の予防効果がある?

p300/CBP阻害作用のある NSAID の salsalate や diffunisal は、抗炎症剤や鎮痛剤として一般に使用されています。

著者らは、700万人以上のデータベースから、salsalate や diffunisal の内服歴を調べ、TBI と AD の症例数に差があるかどうか調べました。

同じ抗炎症系鎮痛剤であるアスピリンと比較すると、

salsalate や diffunisal を内服しているグループで、TBI や AD の症例が少ないことがわかり、

p300/CBP阻害剤の内服が、TBI による神経障害やそれに伴う AD の発症を抑制させている可能性が示唆されました。

内服歴と診断の関係

以上の結果から、

TBI
  ↓
GAPCH の S-ニトロシル化
  ↓
p300/CBP ↑ / sirtuin 1 ↓
  ↓
タウアセチル化
  ↓
神経変性 / 血漿中アセチル化タウ ↑

という流れが考えられました。

TBIとタウのアセチル化フローチャート

My View

第一印象は、「凄い実験量……」

テーマを2,3個に分けて別々に投稿してもいんじゃないかと思うボリュームでした。

 

TBI から神経変性が起こるまでのメカニズムを、アセチル化タウを中心として展開しており、

それぞれの流れを止める薬剤で表現型がきれいに改善していました。

薬剤はTBI直後に投与しているので、頭部外傷で受診してきた患者さんに脳保護薬として使用することも可能なんじゃないかと思います。

 

また、FDA 承認済みで広く使用されている薬剤を用いて実験しており、

実際にそれらの薬剤を内服している患者さんの TBI や AD 診断率が低くなっているというデータが説得力を増していました。

 

気になった点としては、

  • TBI 後のアセチル化だけに注目しており、リン酸化等のその他のPTMについてはみていない
  • K274 と K281 以外のタウアセチル化に関しては不明

という事で、見ていないだけで他にも色々動いていそうだと思いますが、

この論文ではもうこれでお腹いっぱいなので、また別の論文で追っていきたいと思います。

References

  1. Shin MK, Vázquez-Rosa E, Koh Y, Dhar M, Chaubey K, Cintrón-Pérez CJ, Barker S, Miller E, Franke K, Noterman MF, Seth D, Allen RS, Motz CT, Rao SR, Skelton LA, Pardue MT, Fliesler SJ, Wang C, Tracy TE, Gan L, Liebl DJ, Savarraj JPJ, Torres GL, Ahnstedt H, McCullough LD, Kitagawa RS, Choi HA, Zhang P, Hou Y, Chiang CW, Li L, Ortiz F, Kilgore JA, Williams NS, Whitehair VC, Gefen T, Flanagan ME, Stamler JS, Jain MK, Kraus A, Cheng F, Reynolds JD, Pieper AA. Reducing acetylated tau is neuroprotective in brain injury. Cell. 2021 May 13;184(10):2715-2732.e23. doi: 10.1016/j.cell.2021.03.032. Epub 2021 Apr 13. PMID: 33852912.
  2. Shin MK, Vázquez-Rosa E, Cintrón-Pérez CJ, Riegel WA, Harper MM, Ritzel D, Pieper AA. Characterization of the Jet-Flow Overpressure Model of Traumatic Brain Injury in Mice. Neurotrauma Rep. 2021 Jan 5;2(1):1-13. doi:10.1089/neur.2020.0020. PMID: 33748810; PMCID: PMC7962691.
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