Upenn

アメリカのラボの最終日。

この日は、朝から晩までとても感慨深い一日でした。

少し時間ができたので、回想しつつ、徒然書いています。

メッセージカード

朝、ラボに着くと、机の上にはいくつかメッセージカードが置かれていました。

お別れ会で寄せ書き的なメッセージカードは受け取っていたのですが、特に親しくしてくれた人達は、それぞれ特別に手紙をしたためてくれていたようです。

その中には、数カ月前にラボを離れた同僚からのメッセージカードもありました。

彼女は近くの大学で教授職を得て、自分のラボを立ち上げていましたが、時々このラボにも仕事の続きをしにきていました。

私のいない間に部屋やってきて、メッセージカードを置いていってくれていたようです。

私がこのラボに来たときから、ずっと私の親友でいてくれてありがとう。

あなたとは色々な事を話して、お互い泣いたね。どれもこれも素敵な思い出。

元彼との事も、元々彼の事も、元々々彼の事も、色々話を聞いてくれてありがとう。

おかげで今彼とハッピーな毎日を過ごしていて、今が一番幸せ。

1年以内にプロポーズされて子供を産んで、2年以内に結婚式を挙げる予定だから、スケジュールを空けておいてね!

楽しい内容に、思わずクスっとなりました。

―― 2年後は結婚式に参加する為に渡米することになるのかも。

そうなったらいいなー、と思いながら、私は次のカードを開きました。

お別れの挨拶

メッセージカードを一通一通開けて読んでいると、人々が次々と訪れて、最後の挨拶をしにやってきてくれました。

最初にやってきたのは、実質的にも精神的にも私を支えてくれていた、ブレインバンク・テクニシャンの T でした。

「ついにこの日がやってきてしまったわね。これからあなたに会えなくなるのは、辛いし寂しいけれど、あなたにとってはいい事だから、喜ばないとね。だって、これからあなたはアメリカのお母さんじゃなくて、日本の本当のお母さんに会えるんだからね。」

彼女は目に涙を溜めながら微笑みました。

私は、

「日本に帰ってもアメリカのお母さんの事は絶対忘れない。」

と伝え、2人で抱き合いました。

「あなたは絶対に大丈夫よ。ここでいろんな事を乗り越えられたんだもの。日本に帰っても、どんな事でも乗り越えられるって、私は確信しているわ。」

彼女の力強い言葉に、私は何度も頷きました。

クーラーボックスの贈り物

次にやってきたのは、いつもお世話になっている K でした。

K「やあ、今ちょっといい?」

「うん、どうしたの?」

K「いや、君にクーラーボックスをあげようと思って?」

「ん?クーラーボックス?」

K の肩にはクーラーボックスが掛かっていました。

K 「そう、クーラーボックス。」

Cooler Box 

私はよくわからないまま、K からクーラーボックスを受け取りました。

K の手から手渡されたクーラーボックスは「ずんっ」と重くて、何かが入っているのは明らかでした。

「中を見てもいい?」

K 「いいよ。」

 

私がクーラーボックスを開けると、中に入っていたのは、アルミホイルで包まれた大きなラップ的な食べ物と、5つの飲み物でした。

「わかった!これ、Bubble Teaでしょう!?でもこのラップ的な物は何かな?」

K「Philly Cheesesteak だよ。両方とも君たちが味わった事ないって言ってたから。」

Bubble Tea and Philly Cheesesteak

 

K と2人でマウスの手術をしていた時、私達は色々な事を話していました。

その時、アメリカで人気の飲み物 Bubble Tea や、フィラデルフィアの名物 Philly Cheesesteak の話になりましたが、どちらとも、この4年ちょっとの間に挑戦する機会がなかったという話をしていました。

その後、K は私に Bubble Tea を買ってきてくれましたが、その話を子供達にすると、長女はテニスの度に K に Bubble Tea をせがんでいたのでした。

 

「Super-duper なクーラーボックスだね。ありがとう!」

私が御礼を言うと、K はいつもの調子でにやっと笑い、

「Yup!」

と答えました。

PI から

引き継ぎマウスの最終チェックを終えて動物舎を後にすると、同僚が声をかけてきました。

「PIが探してたよ。まだ部屋にいると思うよ。」

慌ててPIの部屋に向かうと、彼女は私に気づいて笑顔で迎えてくれました。

「今日がラボの最終日でしょう。あなたに伝えたい事があるから。今時間ある?」

彼女はそう言って、ゲスト用のテーブルにつくと、私に座るよう言いました。

 

「あなたに伝えたかった事は、これからもここがあなたのHOMEだという事。

日本に戻っても、共同研究者として、これからもずっと繋がっていましょう。

ここにあるリソースは日本に帰ってからもすべて使っていいし、必要があればいくらでも送るように指示しているわ。

あなたは日本のラボとこのラボと、二つのラボの強みを生かして、これからもあなたの研究をどんどん発展させていくのよ。

何度も言うけど、日本のような文化の中で、あなたのような女性が活躍するのは大変な事だと思う。

でも、あなたなら絶対に乗り越えられる。

そのために私ができる事はなんでもするからね。

推薦状が欲しかったらいつでも言いなさい。」

 

私はPIに何度も御礼を言い、最後にツーショット写真を撮ってもらいました。

帰り道

最後の申し送りや、別れの挨拶などでバタバタと一日が過ぎていきましたが、あたりが暗くなって、皆が帰る時間を過ぎても、私はまだ荷物をまとめる事ができずにいました。

「ああ、このモニターを分解して段ボールに入れて……」

3階のメインラボ、6階と1階のサブラボを行ったりきたりしていると、K が声をかけてきました。

「僕、今日の仕事終わったから、手伝うよ。」

K に手伝ってもらうと、あっというまに荷造りが完成しました。

 

K「この荷物、どうやって家に持って帰るの?旦那さん、昼頃挨拶して帰っちゃったよね。」

「確かに……家の荷造りの方もあるから、先に帰っちゃったね。私は電車で帰ろうと思ってたんだけど、この荷物の事忘れてたわ。まあ、Uber呼べば何とかなるかな?」

K に話しながら、「私って、本当に計画性がないな……」と思いました。

夫に先に帰ってて良いと言ったものの、車なしでこの大量の荷物をどうやって運ぶのか、全く考えていませんでした。

 

K「僕が車で送るよ。」

「え、いや悪いよ。Uberに横づけしてもらうし、大丈夫だよ。」

K「いや大丈夫。今日は夜まで時間あるから。」

結局 K の厚意に甘え、自宅まで送ってもらう事にしました。

 



 

荷物をまとめてポスドク部屋に戻ると、そこにはルームメイトの Ta がいました。

Ta「大丈夫?私車で来てるから、家まで荷物運ぶよ。」

「ありがとう。でも、K が送ってくれる事になったから大丈夫!」

Ta「そう?じゃあ、Kの車のとこまで一緒に荷物運ぶよ。」

 

そこに K もやってきて、3人でカートを押しながら1階まで向かいました。

K「車を近くまで持ってくるから、それまで2人ともここで待ってて。」

そう言って K は非常口から出ていき、私は Ta と2人で近くのソファに腰かけました。

 

「最後の最後までどうもありがとう。」

Ta「いや、私の方こそ、最後の日に一緒に過ごせて嬉しいよ。」

「私、Ta のメッセージカード読んで、本当に感謝の気持ちでいっぱいになったよ。どう言い表したらいいかわからないくらいだよ。」

私は、朝 Ta から手渡されたメッセージカードの御礼を言いました。

Ta「え、いやあ。私ももっと感謝していて、それを少しでも伝えられて嬉しいよ。」

「あのメッセージカードは……感動した。」

私は、うまく伝えられるかわかりませんでしたが、ぽつりぽつりと話はじめました。

「Ta も話を聞いているかもしれないけど、私がこれから帰る環境は、必ずしも私にとっていい条件ではなくて、私の事をあまり快く思っている人達もいるみたい。どれくらいいるのかはわからないけど。

日本のラボの人から色々言われて、結構凹んだんだけど、Ta の言葉とか、このラボのメンバー一人一人の言葉とか聞いて、私はみんなから大切にされているって実感して、気持ちを立て直す事ができたよ。

みんなには、本当に本当に感謝してる……」

話しながら、私は涙を抑えきれませんでした。

Ta はいくらか話を知っていたようで、「うん、うん。」と頷きながら、私の手を握ってくれました。

 

Ta「I think you are admirable, and...」

私の話を受けて Ta がそう言いかけた時、私は彼女の言葉の中の「admirable」が聞き取れず、思わず聞き返しました。

「今の言葉どういう意味?」

Ta「えっと、admireに値する、みたいな感じで……」

Ta に意味を教えてもらい、私は何度も発音練習しました。

「覚えた!最後まで英語を教えてくれてありがとう。」

Ta「ははは、どういたしまして。」

 

2人で笑いあっていると、K が帰ってきました。

K「OK, 車持ってきたよ。さあ、運ぼう!」

 

3人で荷物を運び、Kと2人で車に乗り込むと、私は車の窓を開けて、Taに言いました。

「本当に最後までありがとう。一生忘れない。」

Ta「私も、一生忘れない。元気でね。」

 



 

車が出発して、Taの姿が小さくなると、私はまた涙が出てきました。

「みんな親切過ぎて、もうなんて言ったらいいかわからないよ。」

K はハンドルを握りながら黙って私の話を聞き、言葉を選びながらゆっくりを話し始めました。

K「君はもっと自信を持っていいんだ。君はいつも僕が親切な人だっていうけど、僕だって誰にでもここまで親切なわけじゃない。

君だからだ。

みんなだってそうだ。

君だから、みんな親切にしたいんだ。

君に対してだから、みんな親切なんだよ。」

 

私は「うん。」というだけで精一杯でした。

 



 

あたりがすっかり暗くなった頃、K の車がアパートに到着すると、玄関を開けて子供達が飛び出してきました。

子供達「あれ?なんでKがいるの?今からテニスなの?」

K は笑って、

「最後にみんなに会いに来たんだよ。」

と言いました。

 

夫や子供達に手伝ってもらって、荷物を部屋まで運ぶと、私達は並んで、 K に改めて御礼を言いました。

「いっぱいいっぱいどうもありがとう。大好き!」

「Yup!クーラーボックスの中には special things があるから、楽しみにしててね。」

K はそう言うと、運転席に乗り込み、車のエンジンをかけました。

暗闇に吸い込まれていく黒のCivicを見つめながら、私は心の中で何度も何度も御礼を言いました。

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