ある日の事、私は外勤先で患者さんの診察をしていました。
ちょっと判断に迷う症例があったので、私は他の脳神経内科医の意見を聞こうと、夫に電話をかけました。
夫はちょっと口ごもり、その症例に対する意見を述べた後、次のようにいいました。
「実はさっき、次男くんが学校の体育の授業中にお友達とぶつかって、脳神経外科のクリニックを受診しているという連絡が入ったんだ。いま、自転車で向かっているところ。外来が終わったら近況を伝えるから、連絡して。」
「え?」
私は驚きました。
お友達とぶつかって、頭を打ったのでしょうか?
学校にマニュアルがあって、頭を打った場合は脳神経外科のクリニックに連れて行く、という決まりになっているのでしょうか?
そのような考えを過ぎらせながら、私は
「わかった。外来が終わったらすぐに連絡するね。」
と伝えて電話を切りました。
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その日は外来も忙しかったですが、別件で大学関係者から電話やメールが相次ぎ、なかなか夫に連絡できませんでした。
―― 帰る時間が遅くなっちゃうから、とりあえず駅までのシャトルバスに乗って、駅についたら連絡しよう。
私はそう考え、病院から最寄り駅へ向かうシャトルバスに滑り込みました。
ところが、シャトルバスに乗ってすぐに、夫から電話がかかってきました。
” 今、バスのなか。”
とテキストを返すと、
” バスから降りたら電話して。”
とすぐに返事が来ました。
バスを降りて夫に電話をすると、
「救急車で大学病院に搬送されることになった。」
と言われました。
「え、どういうこと?」
「起き上がろうとしたら何度も嘔吐した。複視と右三叉神経第二枝の感覚障害もある。」
「……。」
「そして……脳MRIで所見がある。」
「……!」
私は、
「今、駅にいる。このまま私も大学病院に向かうから。」
と返事をして、電話を切りました。
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電車の中で、私は所見を反芻していました。
眼球運動障害と三叉神経障害と嘔吐とMRIで所見。。。
一元的に考えると、脳出血や脳挫傷による脳浮腫等の可能性が一番に浮かんできます。
―― MRIの所見って、どんな所見……複視を訴えることはできたわけだから、意識はあるってことかな……でも脳浮腫とかだったら急変したり痙攣したりするかも……
” 意識状態は?”
とテキストしてみると、
” 従命はできるが、傾眠 ”
という返答。
頭の中が真っ白になり、そして涙がこみ上げてきました。
―― 今泣いても何もならない。
そう自分に言い聞かせ、私は電車が進む方向を見つめました。