COVID-19 で自宅待機が長らく続き、精神的に辛い日々を過ごされた方は多いんじゃないかと思います。
外を出歩けず、対面で人と話せず……社会的に隔離されたように感じていたかもしれません。
アメリカでは、COVID-19 で自宅待機が続く間、精神科受診が必要な人達が 30% 以上上昇したというニュースもありました。
実際社会から孤立すると、脳内ではどのような変化が起こるのでしょうか?
今回、アメリカ・ロックフェラー大学の Dr. Li, Dr. Young らの研究グループは、
「社会的に隔離されると睡眠不足になり過食にはしる」
ということをショウジョウバエを使って示しました。
社会から隔離されると睡眠不足になり過食にはしる……という事をハエで検証
社会的孤立で睡眠時間が減少
著者らは、ショウジョウバエを
- グロープ群:25 匹一緒のグループ
- 社会的孤立群: 1 匹のみ
の2群に分け、一日の活動や睡眠の様子を調べました。
すると、1日 → 3日 → 5日 → 7日 と日が経つに連れ、社会的孤立群で全体の睡眠時間が徐々に減少していきました。
社会的孤立で過食気味に
これら社会的孤立群のショウジョウバエ達の遺伝子発現プロファイルを RNA シークエンス (RNA-seq) で確認すると、主に「飢餓」に関係する遺伝子群が変化しており、
- target of brain insulin
- Limostatin
- Drosulfakinin
それと呼応して食事量が有意に増えていました。
関連遺伝子として Limostatin (LST) が浮上
「社会的孤立と睡眠不足/過食」に最も関連する遺伝子を調べたところ、
20種類の候補遺伝子の中から、
- Limostatin (Lst, GG8317): 社会的孤立群で 1.67 倍発現上昇
- Drosulfakinin (Dsk): 社会的孤立群で 2.03 倍発現低下
の2つが、最も関連がありそうな遺伝子として浮上してきました。
- Limostatin: デクレチンホルモンで、飢餓によって誘導されインスリンの分泌を抑える。
- Drosulfakinin: 満腹感を誘導するコレシストキニン様ペプチドで、動物が食餌を摂ると分泌される。
特に著者たちが注目したのが、 Limostatin (LST) です。
LST は通常、栄養の摂取を制限された時に、即心体 (Corpora cardiaca, CC) の内分泌細胞から発現しますが [2] 、
彼らの RNA プロファイリングデータからは、それ以外の脳の、今まで知られていない細胞からも LST が発現しているようでした。
そこで著者らは、GAL4-UASシステムを用いて LST を GFP で蛍光標識しました。
データベースから、neuropeptide F (NPF) 細胞が LST を発現してそうだと事がわかったので、彼らは NPF-GAL4 ラインに GFP シグナルをつけ、LST 抗体染色部位と GFP シグナル部位が一致することを確認しました。
この NPF 細胞を含む細胞は今まで機能がよくわかっておらず、「P2」と呼ばれています [3]。
GFP 標識した P2 神経からの軸索は、睡眠を促進する dFB 細胞に投射しているように見られ、この細胞が社会的孤立による睡眠時間の低下に関与していそうでした。
この LST 細胞 (P2) が、社会的孤立による睡眠時間の短縮と過食に関係しているのかどうか調べるため、
著者らは、P2 細胞の神経活動を抑制したり刺激したりしました。
抑制のために使用したのは、 inward-rectifying potassium channel Kir2.1 [4] で、P2-GAL4 と UAS-Kir2.1 を交配します。
P2-GAL4 と UAS-Kir2.1 の両方を持つショウジョウバエは、社会的孤立にして7日間経過しても睡眠時間の減少と過食は起こりませんでした。
P2 神経活動刺激のために使用したのは、温度受容に関わる分子である warmth-gated cation channel (dTRPA1) です。
P2-GAL4 と UAS-dTRPA1 を交配し、28℃ の温度下で強制的に P2-Gal4 陽性 P2 神経細胞の活動を上げました (22℃ だと通常の神経活動量)。
P2 細胞の活動を上げた社会的孤立群では、通常では睡眠時間の短縮も過食も認めなかった孤立1日目において、孤立7日目と同様に睡眠時間の短縮と過食を認め、
「社会的孤立 → 睡眠障害と過食」の背景に LST の発現上昇が関与している可能性が示唆されました。
Behavioural and transcriptomic analyses show that chronic social isolation of Drosophila causes perturbed sleep and increased feeding, and induces a starvation-like brain state.
References
- Li W, Wang Z, Syed S, Lyu C, Lincoln S, O'Neil J, Nguyen AD, Feng I, Young MW. Chronic social isolation signals starvation and reduces sleep in Drosophila. Nature. 2021 Aug 18. doi: 10.1038/s41586-021-03837-0. Epub ahead of print. PMID: 34408325.
- Alfa RW, Park S, Skelly KR, Poffenberger G, Jain N, Gu X, Kockel L, Wang J, Liu Y, Powers AC, Kim SK. Suppression of Insulin Production and Secretion by a Decretin Hormone. Cell Metab. 2018 Feb 6;27(2):479. doi: 10.1016/j.cmet.2018.01.003. Erratum for: Cell Metab. 2015 Feb 3;21(2):323-33. PMID: 29414689; PMCID: PMC5963682.
- Shao L, Saver M, Chung P, Ren Q, Lee T, Kent CF, Heberlein U. Dissection of the Drosophila neuropeptide F circuit using a high-throughput two-choice assay. Proc Natl Acad Sci U S A. 2017 Sep 19;114(38):E8091-E8099. doi: 10.1073/pnas.1710552114. Epub 2017 Sep 5. PMID: 28874527; PMCID: PMC5617300.
- Baines RA, Uhler JP, Thompson A, Sweeney ST, Bate M. Altered electrical properties in Drosophila neurons developing without synaptic transmission. J Neurosci. 2001 Mar 1;21(5):1523-31. doi: 10.1523/JNEUROSCI.21-05-01523.2001. PMID: 11222642; PMCID: PMC6762927.