タウ屋以外の人にとってはちょっとマニアックな話かもしれませんが……
タウP301Sのトランスジェニックマウス [1] やタウオパチー [2] [3] の脳から抽出したタウ凝集体を野生型マウスに接種すると、
レシピエントのマウス脳内でタウ凝集体が伝播していきますが、
合成タウから作製したタウ凝集体を野生型マウスの脳内に接種しても伝播しない [4]、
というのが今まで報告されていました。
この原因として、通常、合成タウを凝集させる工程でヘパリンを使用するのですが、
このヘパリンが、 タウ凝集体の取り込みの一端を担っているヘパラン硫酸プロテオグリカンへの結合を阻害する事が原因だと考えられています [4] 。
また、ヘパリンを使用して合成したタウ凝集体は、ADやピック病の病的タウ凝集体と形が異なる事も、Cryo-EMと免疫電顕で示されました [5] 。
……という背景がある中、 先日、東京都医学総合研究所の長谷川先生らの研究グループから、
合成タウ凝集体の作製時に、ヘパリンを使わなければ、マウス脳内に接種してもヒトの病的タウと同じように伝播するよ、
という報告がありました [6] 。
Accumulation of assembled tau protein in the central nervous system is characteristic of Alzheimer's disease and several other neurodegenerative diseases, called tauopathies. Recent studies have revealed that propagation of assembled tau is key to understanding the pathological mechanisms of these d …
合成タウでもWTマウス脳内を伝播可能
それによると、
タウ凝集体の合成時に、ヘパリンではなく、デキストラン硫酸 (dextran suprates) を使用したところ、
野生型マウスの脳内でタウ凝集体が伝播したそうです。
やっぱりヘパリンが原因だったのかー、と納得。
私達の研究室では、
「合成タウはダメ、タウオパチーのヒトの脳から抽出したタウじゃないと、伝播の研究には使えないよ。」
という認識が浸透しています。
私達夫婦も、ヒトのマテリアルが使える研究室を求めてココに来たのですが、
実際にヒトのサンプルを使用して実験できるラボは限られていると思います。
勿論、どんな実験も、完全に病態を再現する事はできないので、 目的の現象をできるだけ再現して、そのメカニズムの解明に挑むわけです。
(複雑な現象を、解明しやすいように単純化する、という大きな目的もあります。)
このように、合成タンパクでも病態の再現が可能になれば、 研究できる施設や人達が増えて、 研究領域の発展に繋がり、とても喜ばしいことだと思います。
References
- Clavaguera F, Bolmont T, Crowther RA, et al. Transmission and spreading of tauopathy in transgenic mouse brain. Nat Cell Biol. 2009;11(7):909-913. doi: 10.1038/ncb1901
- Clavaguera F, Akatsu H, Fraser G, et al. Brain homogenates from human tauopathies induce tau inclusions in mouse brain. Proc Natl Acad Sci U S A. 2013;110(23):9535-9540. doi: 10.1073/pnas.1301175110
- Narasimhan S, Guo JL, Changolkar L, et al. Pathological Tau Strains from Human Brains Recapitulate the Diversity of Tauopathies in Nontransgenic Mouse Brain. J Neurosci. 2017;37(47):11406-11423. doi: 10.1523/JNEUROSCI.1230-17.2017
- Guo JL, Narasimhan S, Changolkar L, et al. Unique pathological tau conformers from Alzheimer's brains transmit tau pathology in nontransgenic mice. J Exp Med. 2016;213(12):2635-2654. doi: 10.1084/jem.20160833
- Zhang W, Falcon B, Murzin AG, et al. Heparin-induced tau filaments are polymorphic and differ from those in Alzheimer's and Pick's diseases. Elife. 2019;8:e43584. Published 2019 Feb 5. doi: 10.7554/eLife.43584
- Masami Masuda-Suzukake, Genjiro Suzuki, Masato Hosokawa, Takashi Nonaka, Michel Goedert, Masato Hasegawa. Dextran sulphate-induced tau assemblies cause endogenous tau aggregation and propagation in wild-type mice. Brain Communications, fcaa091, https://doi.org/10.1093/braincomms/fcaa091
そのすぐ後、「合成タウ凝集体をWTマウスに接種しても伝播せず、AD脳由来のタウ凝集体だったらWTでも伝播する」という論文を出していたこと、知りませんでした。。。。 ヒトサンプルをシードにして、っていうのは、以前Abeta oligomerの業界でもありましたが、あれは怪しかったんですよねぇ。。。
そうなんですね。教えていただきありがとうございます。
タウとシヌクレインでは、今のところ ”ある程度まで” 増幅可能という感じです。”無限に” といするにはまだ何かがたりなさそうです。
Aβは、細胞外や血管にベタベタ溜まっていく感じが、細胞内で凝集するタウやシヌクレインとかとちょっと性質が異なる気がしますね。個人的な印象ですが…
長谷川先生のラボからそんな論文が出ていたとは!知りませんでした。勉強になります! しかし、ママ研究者さんのラボでは、合成タウから作製したタウ凝集体をtgマウスの脳内に接種すると、伝播する、ですよね?
コメントありがとうございます。
ご指摘の通り「合成タウ凝集体をTgマウスに接種すると、伝播する」です。
そのすぐ後、「合成タウ凝集体をWTマウスに接種しても伝播せず、AD脳由来のタウ凝集体だったらWTでも伝播する」という論文を出していて、こちらの方がラボ内では重要視されています。
それからは、タウ組は合成タウ凝集体をほとんど使わず、ひたすら患者さんの脳由来のタウ凝集体で実験しています。ヒトサンプルは有限なので、同僚が、ヒトサンプルをシードにして合成タウでの増幅に注力中です…査読がスムーズにいけば、近々お伝えできると思うのですが…どうなるかな?