words of wisdom

数ヶ月に及んだマウスの手術も一区切りつき、私は久しぶりにPIとの個人ミーティングをセッティングしてもらいました。

それまでの数ヶ月間は、2種類の手術や行動解析などで、ほとんど時間が取れず、私は個人ミーティングにもグループミーティングにもほとんど参加できていませんでした。

PIはミーティングへの参加に対しては特に厳しい人でしたが、今回に限っては理解を示し、

「ミーティングの事は心配しなくていいから、今すべき事に集中しなさい。」

と言ってもらいました。

 

そんな状況下での久しぶりのPIとの個人ミーティング……緊張します。

笑顔で迎えられ

緊張の面持ちでPIの部屋の前まで来ると、そこでは久しぶりに聞くPIの怒鳴り声がドアの外まで響いていました。

 

―― やば……タイミング悪いかも……。

 

PIは機嫌の良し悪しで部下への対応が変わる事があるので、私は部屋に入るのを躊躇しました。

 

―― でもしょうがない。もう時間は決まってるんだし……。

意を決してそろりと部屋を覗くと、PIは私に気づき、笑顔で手招きしました。

「よく来てくれたね。入って入って!」

……意外にも、彼女はそこまで機嫌が悪くはなかったようです。

「大丈夫?なんかトラブルでもあったのかと思って……。」

私が恐る恐る尋ねると、彼女は

「ああ、特にトラブルはないわよ。自宅の電話回線を止めるのを、Chrisに手伝ってもらってたの。」

「………。」

 

彼女が声を荒らげる様子を聞くのは久しぶりだったので、私は機嫌が悪いかと思ってしまいましたが、彼女は怒って怒鳴っていたわけでは全然なく、ただexciteして話していただけのようです。

いやはや、最初にこのラボに来たとき、この怒鳴り声に超ビクビクしていたのを思い出しました。

結局二人で涙

そんなこんなで和やかに始まったミーティング。

私は今回、4点のトピックについて話をしたいと考えていました。

けれどもその話を始める前に、PIは世間話を始めました。

「新しい家に引っ越すときには、電話を止めようと思っているの。

固定電話はイエローページを見て勝手に電話をしてくる人がいるし、私は基本電話に出ないしね。

でもCo-PIはきっと私の決断を怒ると思うわ。彼は電話が大好きだったから。

自宅のオフィスに電話を引いて、世界中の友達といつでもディスカッションできるようにしていたのよ。」

Co-PIの事を話し始めた彼女は目に涙を浮かべ、私もその姿を見て涙が出てきました。

PIは一時期に比べるとだいぶ元気を取り戻したように見えますが、それでも時折、会話中に涙声になって会話を中断する事があります。

 

この日は1時間の時間をもらっていましたが、最初の30分は、二人の近況報告やCo-PIの話、世間話等で過ぎてしまいました。

力強いアドバイスの数々

「やば、時間がどんどん過ぎていくわね。話す予定だった事はなんだったかしら。」

PIから促され、私は本題に入りました。

 

 

本題の一つは私の帰国後のポジションや処遇についての報告でした。

私は、帰国後すぐに外病院への勤務を言い渡されており、しばらくは実験に時間を割くことが十分にはできなさそうだと話しました。

「もう決まっているのなら仕方がないわね。でもこの時間を無駄にしたらだめよ。」

彼女は言いました。

「あなたは絶対にリーダーになるべき人よ。もしも日本の人達がその事を理解できないようなら、私がいくらでもどこにでも推薦状を書くから。

あなたがあなたのこれまでの努力に見合うだけの扱いを受けられるよう私からお願いするわ。」

彼女は続けました。

「あなたも頑張って、たくさんグラントに応募するのよ。

日本からだって応募できる国際グラントがたくさんあるはず。私が全部推薦状を書くから、国際グラントにどんどんアプライして、あなたの研究が自由にできるよう頑張りなさい。」

私は頷きました。

ここ1年ほどの間、私はグラントに応募していなかったことで大変な苦労をすることになりました。

帰国後のラボにお願い事をする必要性が生じた理由の一つにも、自分で自由に使える資金を獲得していなかったという事がありました。

グラントに応募し、できるだけ多くの資金を獲得することがどれほど大切な事か、私は身をもって知りました。

 

彼女は続けました。

「グラントを書くとき、あなたの背後には常に2つのリソースがあることをアピールしなさい。

一つはあなたの所属先、そしてもう一つはこのラボよ。

ここのブレインバンクを使って、研究を続ければ、あなたは他の人達には真似できない素晴らしい研究を続ける事ができるわ。

サンプルはいくらでも送るから、常にそれを念頭において研究計画を立てていきなさい。」

「あと、グラント申請には、具体的な人達の名前を挙げていきなさい。

その人達にレターを書くようお願いして申請書に添えるの。そうすることで、より信憑性が上るわ。

色々な分野のスペシャリスト達があなたの研究に協力的だと言うことをアピールするのよ。

もちろん、私もいくらでもレターを書くから、どんどん依頼してきてね。」

「あ、帰国後臨床をするんだったら、この間話していた論文の原稿はここを出る前に書き上げたほうがいいわ。

あなたのパートは解析が終わっているんでしょう?

コラボレーターのデータを待ってから書き始めるんじゃなくて、書けるところまで全部書いてしまって、共著者達に送ってしまうのよ。

『書けるところまで書きました。残りの部分も書きたいので早めにデータをください。』

ってお願いするのよ。」

 

彼女は次から次へと具体的なアドバイスを与えてくれました。

「必ず、あなたの価値をみんなに認めてもらうのよ。

まずはできるだけ早く助教のポジションを得なさい。

一度 faculty のポジションをゲットできれば、あとはスムーズに進んでいくはずよ。」

 

それまでの私には、

―― 帰国後、ちょっとでも気を抜けば、私はこのまま潰れていくかもしれない。

という不安があり、精神的な疲れを感じていましたが、PIの力強い言葉の数々に勇気を与えられた気持ちになりました。

 

「ああ、もうこんな時間ね。

何かあったらすぐに私を頼ってね。どんな些細な事でもいいから、いつでも連絡して。」

PIはそう言い、私達二人は席を立って二人で抱き合いました。

 

―― 今後気持ちが折れそうになったら、今日のPIの言葉を思い出そう。

そう思いながら、私は彼女の部屋を後にしました。

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