「頭部外傷 (traumatic brain injury, TBI) 」には、
- 一回の強い外傷によって生じる頭部外傷
- 複数回の慢性的な外傷によって生じる脳障害
に分けられます。
後者の中に、「慢性外傷性脳症 (chronic traumatic encephalopathy, CTE) 」も分類されます。
CTE は、複数回の頭部外傷後に進行性の認知機能低下を生じる神経変性疾患です [1]。
ボクサーやアメフト選手などが、晩年この疾患にかかりやすいとして、社会問題になっています。
CTE の病理像としては、タウ病理が顕著ですが、TAR DNA結合タンパク質43 (trans-activation response element DNA-binding protein 43, TDP-43) の凝集体も生じます。
ただ、なぜ慢性外傷がこのような変性疾患を引き起こすのか、その詳しいメカニズムはわかっていません。
今回、アメリカ・ピッツバーグ大学の Dr. Pandey らの研究グループは、
慢性外傷によって核細胞質間輸送の障害が生じ、それによって TDP-43 の mislocalization および凝集体形成を生じる事を報告しました [2]。
外傷による核細胞質間輸送の障害がTDP-43病理を引き起こす
ショウジョウバエの生体と幼体の TBI モデルで変化している遺伝子群を解析
ショウジョウバエの生体と幼体に著者らは、以前より確立された方法で [3] ショウジョウバエの CTE を起こし、ショウジョウバエの生体と幼体に>
プロテオーム解析をして変化している遺伝子群を調べました。
その結果、外傷後、核細胞質間輸送に重要な、核膜孔複合体の構成要素となる ヌクレオポリン (nucleoporin, Nup) の遺伝子群の発現が上昇していました。
- Nup93
- Nup54
- Nup62
- Nup214
- Exportin-1
1回の外傷よりも、8回の外傷の方が、その変化率は高く、CTE を反映していると考えられました。
ラットの TBI モデルで核膜孔複合体の障害を確認
続いて、ラットにも TBI を起こし、の一部が欠損、部分凝集することを免染で確認しました。
また、核と細胞質の間のRAN依存性輸送に重要な核膜孔複合体 (Nuclear Pore Complex, NPC) タンパクである、RanGAP1や、ショウジョウバエ TBI モデルで上昇していた Nup62 の凝集化も認めました。
核輸送を抑制すると、TBI による核細胞質間輸送タンパクの欠損がレスキューされる
核局在化シグナル (nuclear localization sequence, NLS) と、核外搬出シグナル (nuclear export sequence, NES) に GFP標識をした ショウジョウバエモデルに TBI を起こすと、
核内の GFP シグナルが減少しており、また、細胞質から核へ移行するタンパク量も減少していました。
以上の結果から、TBI後、核細胞質間輸送の障害で、核タンパクが細胞質に異常に局在することが、タンパクの異常凝集化および神経変性に繋がると考え、
彼らは、核タンパクの細胞質への輸送を抑制すると、TBI による障害が改善するかどうか調べました。
核外搬出を選択的に阻害する薬剤 (KPT-350, KPT-376) を摂取させたショウジョウバエに TBI を起こして観察すると、
薬剤投与群では TBI による 核細胞間輸送複合体の異常が有意に減少していました。
Nup62の過剰発現での細胞質局在化と凝集化が起こる
TBI で発現が上昇していた NPC の中で、最も変化が強かった Nup62 を、ショウジョウバエの幼虫や HEK293T細胞で強制発現させると、
TDP-43 の局在が細胞質へ移行し、同部位で凝集体を形成しました。
Nup の過剰発現で、ショウジョウバエの運動機能が低下する
TBI で発現が上昇していた NPC のうち、
- Nup62
- Nup214
- Mup43
- Nup62/Nup214
- Nup62/Nup43
をそれぞれショウジョウバエで過剰発現させると、運動機能が低下し、さらに生存期間も短縮しました。
以上の結果から、
頭部外傷
↓
NPC関連タンパクの発現上昇
↓
TDP-43を含む、核内蛋白の細胞質への局在化
↓
TDP-43の細胞外凝集、神経変性、運動機能低下
という流れのメカニズムが考えられました。
Traumatic injury leads to functional defects in nucleocytoplasmic transport and TDP-43 pathology in multiple model systems.
My View
CTE では、タウ病理と共局在するように TDP-43 凝集体が観察されるので、個人的には タウ → TDP-43 だと思っているのですが、
本論文では、NPC異常 → TDP-43 というメカニズムを考えて実験が進められていました。
TBI による TDP-43 の直接的な影響についてはみていないのですが、
ラットの TBI 後の海馬の組織がボロボロになっているようにみえるので、もしかしたらちょっと衝撃が強すぎたのかもしれません。
もう少し弱い衝撃で複数回衝撃を与え、長い時間経過を追うと、TDP-43の異常も観察できるかもなー、とも思いました。
TBI の影響で Nup62 上がるメカニズムなどは今回は追求していないので、今後の研究で明らかになってくるのかもしれません。
それにしても、CTE がどうやって起こるのか……やっぱり謎だわ。。。
References
- Stern RA, Riley DO, Daneshvar DH, Nowinski CJ, Cantu RC, McKee AC. Long-term consequences of repetitive brain trauma: chronic traumatic encephalopathy. PM R. 2011 Oct;3(10 Suppl 2):S460-7. doi:10.1016/j.pmrj.2011.08.008. PMID: 22035690.
- Anderson EN, Morera AA, Kour S, Cherry JD, Ramesh N, Gleixner A, Schwartz JC, Ebmeier C, Old W, Donnelly CJ, Cheng JP, Kline AE, Kofler J, Stein TD, Pandey UB. Traumatic injury compromises nucleocytoplasmic transport and leads to TDP-43 pathology. Elife. 2021 May 26;10:e67587. doi:10.7554/eLife.67587. PMID: 34060470 ; PMCID:PMC8169113.
- Katzenberger RJ, Loewen CA, Wassarman DR, Petersen AJ, Ganetzky B, Wassarman DA. A Drosophila model of closed head traumatic brain injury. Proc Natl Acad Sci U S A. 2013 Oct 29;110(44):E4152-9. doi:10.1073/pnas.1316895110. Epub 2013 Oct 14. PMID: 24127584 24127584 ; PMCID:PMC3816429.