先日の仕事中に、お昼ご飯を食べようとカンファレンスルームに行きましたが、すでにたくさんの人達が賑やかにお昼をとっていました。
ちょっとみんなと話す元気まではなかったので、私は一人でお昼ご飯を食べられる場所を探しました。
カフェテリアも人でいっぱい、別のカンファ室も会議で使用中……
会議室を出た所のキッチンのようなスペースにカウンターテーブルと椅子が置いてあったので、私はそこでこっそり隠れながらお昼をとることにしました。
しばらく一人でお弁当を食べていると、研究室のホープともいうべき人(助教)が、大きな梨を手にやってきました。
彼は、PI達の寵愛を一身に受けていると専らの噂ですが、カンファではいつも賢く適格な意見を言っているので、それも最もだと思います。
「お昼食べてるの?最近調子どう?」
と彼から聞かれ、
「まあ……なんとか。ははは。」
など、一人でお昼を食べるために隠れていたとは言えず、適当に答えました。
ちょっと気まずいかなーと思いましたが、彼の方はそんな気はなさそうで、そのままそこで梨を食べ始め、雑談を始めました。
- 彼が生まれてからこの研究室に来る前までの話…
- 彼が今面白いと思っている研究の話…
- もう十年くらいここに居て、ポストも得ているけど、そのうちまた海外のどこかに家族と移り住もうと思っている話…
- Scienceに載った仕事を、最初誰からも信じてもらえなかった話…
- 最近は世界中の人達がその研究を再現するようになり、様々なところから問い合わせの連絡を受けている話…
話は、夫がこのラボに持ち込んできた仕事の話になりました。
この仕事は、PIの今まで提唱してきた概念を否定する内容が含まれていました。
PI達は夫の今後のキャリアなどに触れるなどしてその研究を終わらせるよう何度も迫り、結局夫の方が折れて論文にまとめ、今投稿しているところです。
「あの仕事も凄くいいよね。今論文にしているんだよね。でも、問題はここからどうやって発展させるか、だよね。」
と彼。
私は一瞬、躊躇いました。
(確かに、彼だけはいつもカンファで庇う様な意見を言っていたな。彼は本当にいい研究だと思ってくれていたんだな。)
と思いながら、
「うん、私も凄い研究だと思っているけど、PI達は気に入っていないからね。夫も、あの研究をここで発展させるために色々アイデアを持って日本からきたんだけど、これ以上彼女達に逆らって立場を悪くするのも困るから、もうこの仕事は続けないつもりだよ。」
と答えました。
「うーん、そっかー。それは残念だね……」
と、ちょっと苦笑いをして、彼は自分の話をつづけました。
「僕も、最初このラボにきたときは、PIから色々辛辣な言葉を受ける度に、傷ついていたなー。よく ”Stupid" とか言われて、胸が痛かったのを覚えているよ。
けれども最近は、研究計画を相談するとき、彼女が ”Stupid!!” って頭ごなしに言ってきたら、”お、これは脈があるな” って思うようにしているんだ。
少なくとも、彼女の気を引いたって事だからね。何か彼女の気を引くだけの要素があるってことなんだ。
彼女が ”ふん” って感じで見向きもしなかったら、それは本当にくだらない研究だと思うようにしているけどね。
君もわかっていると思うけど、彼女は頭がいいし、彼女の夫(Co-PI)は経験がある。けれども、2人ともとても多くの情報を処理しないといけないから、研究計画を聞いてそれを理解してくれるまで、凄く時間がかかるんだ。
だから、”Stupid!!”って言われたら、”おっ!”と思っていったん引き下がり、こっそり実験を続けてるんだ。
いい結果がでたらその度ちょっと見せる。
すると、彼女はちょっと片目を開ける。大抵はまだ ”Stupid”って言うけど、心の片隅で ”いい研究かもしれない” と思うようになる。
そしてまた少し経っていい結果がでたら、様子を見ながらちょっと見せる。
そうやって、ちょっとずつ理解してもらうようにしているんだ。」
彼の話を聞きながら、夫が以前、彼から
「一緒に彼らの考えをひっくり返そう!」
と言われた、と話していた事を思い出しました。
この人はやっぱり賢い人だな、と思いました。
そして、サイエンスに忠実で、人柄が良い—これらは研究を続ける上で、特に重要な条件だと思います。
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自宅に向かう車の中で、その日の出来事を夫に話しました。
夫は喜ぶかなーと思っていましたが、彼の反応は静かでした。
けれども彼は、何か喜ばしい出来事があると、いつもこんな微妙な感じの反応をします。(夫曰く、「ぬか喜びして後で落胆したくないから」だそうです。)
人の言葉の裏の気持ちを考慮するという作業は、私も少なからずやってきてたな……と思いながら、小学校に子供達を迎えに行きました。
Life is 10 percent what happens to me and 90 percent how I react to it.
— Lou Holtz (1937- )
人生とは、10パーセントが我が身に起こること、90%はそれにどう対処するかだ。