異常に凝集したタウを取り除く事は、アルツハイマー病 (Alzheimer's disease, AD) 治療ターゲットの1つですが、
「内因性のタウを減らせば、異常タウによる病態もよくなるんじゃ?」
という考えから研究し、
内因性タウを抑制して認知機能が改善したり [1]、アミロイドβ (Amyloid beta, Aβ) による神経障害が改善したり [2]、といった結果が報告されています。
今回、アメリカ・マサチューセッツ総合病院の Dr. Hyman らの研究グループは、zinc finger protein (ZFP) を使って内因性タウをノックダウンし、Aβによるタウ病理が抑制された、という内容を報告しました。[3]。
内因性のタウを持続的に抑制すると、アルツハイマー病モデルマウスのタウ病理が改善する
彼らは、いくつかのプロモーターを使って内因性タウをノックダウンするZFP系ノックダウンシステムを作りました。
これらのZFPは、他の遺伝子にほとんど影響を与えず、MAPTのみを効率的にノックダウンしました。
このZFPをAAVベクターを使ってマウス脳内に感染させると、他の遺伝子にほとんど影響を与えず、内因性タウのmRNAを高率 (64-88%) にノックダウンしました。
またこの効果は、AAV感染後11ヶ月後にも持続していました。
より臨床応用に近づけるため、このベクターを静脈投与すると、AAVベクターは脳全体に感染し、内因性タウをブロックしました。
この内因性タウ発現抑制のADへの効果を調べるため、彼らはAPP/PS1マウスに同様のベクターを静注し、内因性のタウを半分程度にブロックしました。
すると、Aβプラークの量には変化はありませんでしたが、プラーク周囲のジストロフィック・ニューライトの数が減っていました。
以上の結果から、ZFPを使って内因性タウの発現抑制は、AD病理の進行抑制に効果的である可能性が示唆されました。
Persistent repression of tau in the brain using engineered zinc finger protein transcription factorsNeuronal tau reduction confers resilience against β-amyloid and tau-related neurotoxicity in vitro and in vivo. Here, we introduce a novel translational approach to lower expression of the tau gene MAPT at the transcriptional level using gene-silencing zinc finger protein transcription factors (ZFP-TFs). Following a single administration of adeno-associated virus (AAV), either locally into the hippocampus or intravenously to enable whole-brain transduction, we selectively reduced tau messenger RNA and protein by 50 to 80% out to 11 months, the longest time point studied. Sustained tau lowering was achieved without detectable off-target effects, overt histopathological changes, or molecular alterations. Tau reduction with AAV ZFP-TFs was able to rescue neuronal damage around amyloid plaques in a mouse model of Alzheimer’s disease (APP/PS1 line). The highly specific, durable, and controlled knockdown of endogenous tau makes AAV-delivered ZFP-TFs a promising approach for the treatment of tau-related human brain diseases.
My View
「内因性タウを減らせば……」
という発想は、正直賛同しかねる気持ちもあるのですが、実際行った人達の研究結果では病態が改善しているので、認めざるを得ません。
タウ自体は、神経細胞の微小管結合タンパクで、微小管の安定化に関わっているので、ゼロにしてしまうと困ると思いますが、この論文くらいの減少量ならそこまで問題にはならないのかな?
あとは、
「Aβによるタウ病理や神経障害が内因性タウ抑制によって改善する」というにはちょっとデータが弱いように感じたのと、
行動解析をしていないので認知機能改善まではわからないなー、という印象が残りました。
行動解析はトランスジェニック系の論文で改善を認めているのでわざわざしなかったのかな?
また気になるのは、「なぜZFPを使ったのか」という事。
以前は遺伝子編集の主流でしたが、CRISPR-Cas9が生み出されてから登場回数がめっきり少なくなった印象です。
本研究で、アンチセンスオリゴヌクレオチド(antisense oligonucleo- tides, ASO)とかRNA干渉(RNA interference, RNAi)とかに対して、ZFPを使用する優位性はあるのでしょうか?
論文からはちょっとわかりませんでした。
このあたりに詳しい人がいたら教えてほしいです。
References
- Santacruz K, Lewis J, Spires T, Paulson J, Kotilinek L, Ingelsson M, Guimaraes A, DeTure M, Ramsden M, McGowan E, Forster C, Yue M, Orne J, Janus C, Mariash A, Kuskowski M, Hyman B, Hutton M, Ashe KH. Tau suppression in a neurodegenerative mouse model improves memory function. Science. 2005 Jul 15;309(5733):476-81. doi: 10.1126/science.1113694. PMID: 16020737; PMCID: PMC1574647.
- Roberson ED, Scearce-Levie K, Palop JJ, Yan F, Cheng IH, Wu T, Gerstein H, Yu GQ, Mucke L. Reducing endogenous tau ameliorates amyloid beta-induced deficits in an Alzheimer's disease mouse model. Science. 2007 May 4;316(5825):750-4. doi: 10.1126/science.1141736. PMID: 17478722.
- Wegmann S, DeVos SL, Zeitler B, Marlen K, Bennett RE, Perez-Rando M, MacKenzie D, Yu Q, Commins C, Bannon RN, Corjuc BT, Chase A, Diez L, Nguyen HB, Hinkley S, Zhang L, Goodwin A, Ledeboer A, Lam S, Ankoudinova I, Tran H, Scarlott N, Amora R, Surosky R, Miller JC, Robbins AB, Rebar EJ, Urnov FD, Holmes MC, Pooler AM, Riley B, Zhang HS, Hyman BT. Persistent repression of tau in the brain using engineered zinc finger protein transcription factors. Sci Adv. 2021 Mar 19;7(12):eabe1611. doi: 10.1126/sciadv.abe1611. PMID: 33741591.
仰るとおりで、tauそのものを抑制することはリスクを伴うと思います。モデル動物ではタウを減らすことでneuronal activityを減弱できるので(てんかんなども抑制します)、ADの発症に抑制的に働くのでしょう。ただ、高次脳機能では何らかの異常が出る可能性があると思います。Biogenなどが進めているタウ発現量をターゲットにした抗体やASOの治験もそのあたりがどうなるかですね。
ZFPを使っているのは、ASOの知財がBiogen-IONISに完全に抑えられていること、AAVも同じくがっちりカバーされていることから、MGHのこの方達がZFPに期待を寄せているからでしょうか?
ありがとうございます。
やっぱりタウを減らすってリスキーですよね。
高次脳機能障害をモデル動物で評価するのは難しそうですし、ヒトに応用した途端何らかの障害が明らかに、という可能性もありそうですね。
ZFP使用にはそんな社会的事情が関与していた可能性が考えられるんですね。
そこまで思考を巡らせられませんでした。
部外者の私としては、優位性の科学的根拠を求めたい気持ちがありますが、
全ての事象を科学的に説明できるわけではないですし、結果オーライなところもあるので、
色々な人達が色々なアプローチで攻めていくのは良い事…なんでしょうね。