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ストレス社会と言われる現代。

テレビでも、ストレスでうつ病になったり、病気に罹りやすくなったりする人達の特集が組まれているのをよく見かけます。

でも、なぜストレスで心と体にこんなにも影響が出るのでしょうか?

アメリカ・マウントサイナイ医科大学の Dr. Russo らのグループは、

「ストレスで末梢血の骨髄由来細胞で matrix metalloproteinase 8 (MMP8) の発現が上がり、脳内に侵入して微細構造を変化させる」

という事を報告しました [1]

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ストレスで骨髄細胞からMMP8が発現し、脳内環境を変化させる

慢性ストレスは末梢血の単球のプロファイルを変化させる

彼らなマウスに慢性ストレス(chronic social defeat stress, CSDS)を与えるため、C57BL/6Jマウス(7週齢)を、攻撃マウス(生殖期を過ぎたオスのCD-1マウス4-6ヶ月齢、3日間のスコアで攻撃性を確認)と同じケージに入れ、C57BL/6Jマウスに社会的敗北感を味あわせました。

(CSDSの与え方:社会的敗北マウスと攻撃マウスを10日間、毎日10分ずつ直接コンタクトをとらせ、以降は、ケージをプレキシガラスで区切って、マウス同士がお互いに見える状態にし、社会的敗北マウスに対して視覚的にストレスを与える。)

社会的敗北マウスのうちある群は明らかにうつ状態っぽい行動を示し、ある群は、そこまで行動に変化が見えませんでした。

そこで彼らは、

  • コントールマウス(CON):慢性ストレスを与えないマウス
  • ストレスに弱いマウス(SUS):慢性ストレスを与えて鬱っぽくなったマウス
  • ストレスに強いマウス(RES):慢性ストレスを与えても、そこまで行動に変化がなかったマウス

の3群に分け、それぞれの末梢血と脳内の白血球のプロファイルを調べました。

すると、末梢血では、SUSとRESマウスで、炎症物質のLy6Chi+単球や好中球の数が増えており、B細胞の数は逆に減っていました。

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また、大うつ病(major depressive disorder, MDD)の患者さんの末梢血でも同様の傾向が見られました。

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マウス脳内では、SUSマウスのみ、炎症物質のLy6Chi+単球の数が増えていました。

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SUSマウスとCONマウスの脳内のLy6Chi+単球のプロファイルを比較すると、SUSマウスではMMP8などの発現が上がっており、GO解析では細胞外スペース関係遺伝子群に変化が起こっているようでした。

慢性ストレスにより、単球が脳内の側坐核に侵入する

SUSマウスで増えた単球が、脳に影響するかどうか、彼らはマウス能を透明化し、ライトシート顕微鏡で観察しました。

すると、単球は脳内の側坐核(nucleus accumbens, NAc)に集まっていました。

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慢性ストレスにより、末梢血の単球で増えたMMP8が側坐核微細構造を変化させる

慢性ストレスマウスや、大うつ病の患者さんの血漿中では、MMP8量が増えていました。

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彼らは以前、慢性ストレスで血管内皮のタイトジャンクションが崩れる事を報告していたので [2]、慢性ストレスで壊れた血液脳関門(blood-brain barrier, BBB)からMMP8がNAcに侵入するのではないかと考えました。

そこで、タイトジャンクションの主要タンパクの一つ、Claudin5(Cldn5)のshRNAをAAVベクターを使ってNAcのCldn5欠損させ、ビオチン化したリコンビナントのMMP8を後眼窩から血中に注入しました。

すると、Cldn5欠損により、注入したリコンビナントMMP8の、NAc内へ侵入する様子が確認できました。

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また、SUSマウスではNAcの細胞外スペースが大きくなっており、それは血漿中のMMP8量と相関しました。

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MMP8は、慢性ストレス下のマウスの鬱様行動を誘導する

血漿中で上昇しているMMP8が、慢性ストレスマウスの行動変化に影響するのかどうかを調べるため、彼らはストレス化マウスにリコンビナントMMP8を注入しました。

すると、MMP8注入により、マウスの社会的興味が削がれる様子が確認できました。

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また、末梢血の白血球特異的にMMP8を欠失したマウス(Mmp8-/-)では、慢性ストレス化における鬱様行動が改善し、NAcの細胞外スペースも広がらなくなりました。

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まとめ

以上の結果から、

ストレスで骨髄細胞からMMP8が発現し、脳内環境を変化させる
  • 社会的敗北マウスや大うつ病の患者さんの血液中では単球の数が増え、MMP8が多く産生される
  • MMP8は脳内の側坐核に侵入し、細胞外スペースの構造を変化させる
  • MMP8の側坐核への侵入により、マウスの鬱様行動が誘発される
  • MMP8を欠損させると、慢性ストレスを与えてもマウスは鬱状態にならない

という事がわかり、

「末梢血のMMP8を抑える事で、ストレスによる鬱病などを防げるかもしれない」

という可能性が示唆されました。

My View

ストレスと免疫は注目されていますが、今回の論文では、実際にストレスで末梢血の免疫系が変化し、それが脳内に影響する可能性が示されました。

 

「ストレス」と聞くと、脳内での変化を想像する人が多いと思います。

ストレスによって変化するのは、脳内の

  • 視床下部-下垂体-副腎皮質のコルチゾール系
  • 青斑核からのノルアドレナリン系

で、自律神経系に大きな影響を与えます。

 

また、うつ病などの人達では、脳内でミクログリアの活性化が認められ、

マウスやラットを使った実験でも、ストレスによるミクログリアの活性化とそこからの炎症性サイトカイン(IL-1β、IL-6、TNFαなど)の分泌亢進などが確認されています。

 

ただし、今回の報告では、慢性ストレスで脳内のミクログリアやアストロサイトのプロファイルには大きな変化はみられず、抹消血由来の白血球から分泌されたMMP8が脳内に侵入し、鬱症状を誘発する可能性が示唆されました。

「脳って、BBBとかの関係で末梢とは分けて考えられる事も多かったけど、やっぱり脳と体は繋がっているんだよなー」と、改めて思いました。

 

今回、末梢血白血球のMMP8阻害により、ストレスに強いマウスになった様子。

これをヒトに応用できたら、「ストレスに強くなる薬」として重宝されるかもしれません。

……でもまあ、「ストレスを受けない生活環境」を作る事の方が大事だとは思いますが……。

References

  1. Cathomas F, Lin HY, Chan KL, Li L, Parise LF, Alvarez J, Durand-de Cuttoli R, Aubry AV, Muhareb S, Desland F, Shimo Y, Ramakrishnan A, Estill M, Ferrer-Pérez C, Parise EM, Wilk CM, Kaster MP, Wang J, Sowa A, Janssen WG, Costi S, Rahman A, Fernandez N, Campbell M, Swirski FK, Nestler EJ, Shen L, Merad M, Murrough JW, Russo SJ. Circulating myeloid-derived MMP8 in stress susceptibility and depression. Nature. 2024 Feb;626(8001):1108-1115. doi: 10.1038/s41586-023-07015-2. Epub 2024 Feb 7. PMID: 38326622; PMCID: PMC10901735.
  2. Menard C, Pfau ML, Hodes GE, Kana V, Wang VX, Bouchard S, Takahashi A, Flanigan ME, Aleyasin H, LeClair KB, Janssen WG, Labonté B, Parise EM, Lorsch ZS, Golden SA, Heshmati M, Tamminga C, Turecki G, Campbell M, Fayad ZA, Tang CY, Merad M, Russo SJ. Social stress induces neurovascular pathology promoting depression. Nat Neurosci. 2017 Dec;20(12):1752-1760. doi: 10.1038/s41593-017-0010-3. Epub 2017 Nov 13. PMID: 29184215; PMCID: PMC5726568.
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