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「社会的に活動的な人は、健康で長生きする」という研究結果は、これまでにも多く報告されています [1, 2]

逆に言うと、「社会的に孤立している人は、病気になりやすい」という事にもなるわけで……。

 

今回、中国・Fudan大学の研究グループは、UKバイオバンクに登録されている血清データを元に、「社会的孤立や孤独が、疾病や死亡率に与える影響」について、生化学的に検証しました [3]

この研究でわかったこと
  • 社会的孤立や孤独に関連するタンパク質は、炎症、抗ウイルス反応、補体系に関与していることが確認されました。
  • これらのタンパク質の半数以上が、心血管疾患、2型糖尿病、脳卒中、死亡率と関連し、14年間の追跡調査でその影響が示されました。
  • メンデルランダム化分析により、孤独が特定の5つのタンパク質(ADM, ASGR1, GFRA1, FABP4, TNFRSF10A)に因果的影響を及ぼす可能性が示唆されました。
  • これらのタンパク質は、他の血中バイオマーカーや脳の感覚処理や感情・社会的プロセスに関与する部位の体積と広範囲に関連していました。
  • 孤独と心血管疾患、脳卒中、死亡率との関係を部分的に媒介していることも明らかにされました。

寂しい人は、病気になりやすい

社会的孤立や孤独と健康の関係を理解するため、彼らは、UK Biobankの42,062名のデータと2,920種類の血漿タンパク質を用いて、プロテオミクス解析(proteome-wide association study, PWAS)を行い、社会的孤立等との相関を調べました。

社会的孤立と孤独は、以下のように定義しました:

  • 社会的孤立: 客観的な評価。家族、仕事、交友関係などの人間関係が少ないこと。
  • 孤独: 主観的な評価。周囲との交友関係が希薄だと自分で感じていること。

社会的孤立と孤独に関連する血漿タンパク

UK Biobankの血漿タンパクデータを、人種、教育レベル、世帯収入、喫煙、飲酒、BMIなどを考慮してPWAS解析した結果、175種類のタンパク質が社会的孤立と関連し、26種類のタンパク質が孤独と関係していました。

特に注目すべきタンパク質は、以下のタンパク質でした。

社会的孤立:

  • GDF15:炎症マーカーのひとつ(OR = 1.22, P = 1.2 × 10⁻¹⁹)。
  • CXCL14:免疫・炎症の調節因子であり、社会的孤立に対して保護的役割を果たす(OR = 0.84, P = 2.4 × 10⁻¹⁷)。

孤独:

  • PCSK9:コレステロール代謝に関与(OR = 1.15, P = 4.2 × 10⁻¹¹)。
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MRで特定されたタンパク質の広範な表現型関連解析

彼らはさらにメンデルランダム化(Mendelian randomization, MR)で因果関係を示唆するタンパク質を同定し、種々の血液バイオマーカーや脳体積との広範な関連性を解析しました。

主な結果:

血液バイオマーカーとの関連:
  • Cystatin Cが、MRで特定された全タンパク質と最も強い関連を示しました。
  • すべてのMR特定タンパク質とタンパク質モジュールは、全身性炎症の主要バイオマーカーであるCRPと強い関連を持っていました。
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脳体積との関連:
  • 4つのタンパク質が、脳領域(島皮質、尾状核、前頭皮質)の体積と有意に関連していました(これらの領域は内受容、感情、社会的プロセスへの関与を示唆)。
  • 特に、アドレノメデュリン(ADM)の高レベルは、両側の島皮質および左尾状核の灰白質体積の低下と関連していました。
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関連タンパク質と罹患率・死亡率の関連解析

彼らはさらに、社会的孤立または孤独に関連する179種類のタンパク質おより4つのタンパク質モジュールと、5つの疾患(心血管障害、2型糖尿病 、脳卒中、認知症)および死亡率とどのように関連するかを、Cox比例ハザードモデルを用いて評価しました。

主な結果:

全体的な関連性:
  • 全タンパク質の90.2%が死亡率と関連していました。
  • 50%以上が二型糖尿病、心血管障害、脳卒中と関連していました。
  • 6.6%のみが認知症と関連していました。
注目すべきタンパク質:
  • GDF15: すべての疾患と死亡率(二型糖尿病を除く)でリスク増加と最も強い関連を示しました。
  • M8モジュール: 二型糖尿病との関連が最も強く、ハザード比 (HR) は2.14(95% CI: 2.02~2.27, P = 1.6 × 10⁻¹⁴⁶)でした。
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MRで特定されたタンパク質:
  • 心血管障害、二型糖尿病、脳卒中、死亡率と有意な関連を示しました。
  • ADMは唯一、認知症と関連を持つタンパク質として特定されました。
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以上の結果、社会的孤立や孤独に関連するタンパク質の多くが、主要な疾患(特に二型糖尿病、心血管障害、脳卒中)および死亡率のリスクに寄与していることが示されました。

特に、GDF15やM8モジュールはこれらの健康リスクにおいて重要な役割を果たす可能性がありました。

また、ADMは認知症との関連性が示唆され、さらなる研究の必要性が示されました。

孤独と健康アウトカムの関係におけるタンパク質の媒介的役割

彼らは最後に、同定されたタンパク質と、その人が主観的に「孤独」と感じることに関連するかどうかのリスクの割合を、Cox比例ハザードモデルで評価しました。

その結果、以下のような結果が得られました。

  • 二型糖尿病との関連は見られず、解析対象から除外しました。
  • 最も大きな媒介効果は死亡率(PERM: 8.6~16.3%)と心血管障害(PERM: 5.6~8.3%)でした。
  • Bonferroni補正後、5つのタンパク質すべてが心血管障害、脳卒中、死亡率との関連の媒介を示唆していました。
  • 特にADMが主要な媒介因子として特定され、以下のアウトカムと関連していました。
    • 心血管障害(8.3%)
    • 認知症(4.4%)
    • 脳卒中(7.8%)
    • 死亡率(16.3%)

 



 

以上の結果から、孤独が健康リスクを増加させる過程において、ADMを含むタンパク質が重要な媒介役割を果たしていることが示されました。

特にADMは、心血管障害、認知症、脳卒中、うつ病、死亡率すべてにおいて有意な媒介効果を持つことが明らかになり、これらの結果は公衆衛生と治療介入において重要と考えられました。

My View

私の祖父は、祖母が亡くなってから食事をとれなくなり、祖母の他界後3ヶ月で、彼女の後を追うように亡くなりました。

彼に限らず、社会的に孤独な立場になったり、主観的に孤独だと感じる人達は、健康を害してしまうことが多いように思います。

 

今回は、それらの現象を、疫学的な解析方法だけでなく、血漿タンパクのプロテオミクス解析を組み合わせてより科学的に検証していました。

また後半では、Cox比例ハザードモデルの解析結果で、「孤独」と血漿蛋白と疾患・死亡率との関連を示していて、「孤独を感じることと健康リスクとの因果関係」について示唆している点が興味深かったです。

 

アドレノメデュリンに関しては、以前同僚が、「血漿中のアドレノメデュリン濃度が高いと、脳梗塞後の身体機能障害が重くなる」という研究結果を出していました。

今回の、脳梗塞や死亡率との関連とも関係しているようで、「やっぱりなんらかの関係があるのかなー。」と、思いました。

Glossary

メンデルランダム化解析 (Mendelian Randomization, MR)

メンデルランダム化解析は、遺伝的変異を用いて因果関係を推定する手法です。この手法は、観察研究でよく問題となる交絡因子や逆因果関係の影響を排除するために設計されています。

基本原理

メンデルランダム化解析では、以下の考え方に基づいています:

遺伝的変異はランダムに配分される:
  • メンデルの法則に基づき、遺伝的変異(SNPなど)は親から子へ無作為に配分されます。このランダム性が、実験の「ランダム化」に類似しています。
遺伝的変異は交絡因子に影響されない:
  • 遺伝子は出生時点で固定されているため、環境要因や生活習慣などの交絡因子に影響されません。
遺伝的変異が健康アウトカムに与える影響は、特定の曝露を通じてのみ生じる:
  • 例えば、遺伝的変異がアルコール摂取量に影響し、それが心血管疾患のリスクを増加させる、というように。

分析手順

  1. 遺伝的変異(SNP)の選定: 対象となる曝露(例えば血中ビタミンD濃度)に関連する遺伝的変異を特定します。この遺伝的変異は「遺伝子型ツール変数」と呼ばれます。
  2. 曝露とアウトカムのデータ収集: 曝露(例えばビタミンD濃度)とアウトカム(例えば心血管疾患リスク)の関連データを収集します。
  3. 統計モデルの構築: 選定した遺伝的変異を用いて、曝露とアウトカムの因果関係を推定します。これには2ステージ最小二乗法(2SLS)やメタ解析が用いられることがあります。

利点

  • 交絡因子を排除: 生活習慣や環境要因による交絡を最小限に抑えられます。
  • 逆因果関係を防ぐ: アウトカムが曝露に影響を与える可能性を排除できます。
  • 実験的手法が難しい場合に有用: 人体実験が倫理的に困難な場合、観察データから因果関係を推定できます。

限界

  • 強い仮定の下での解析:
    • 遺伝的変異はアウトカムに直接影響を与えません(ツール変数の独立性)。
    • 遺伝的変異が特定の曝露を通じてのみアウトカムに影響を与えます(排他的関連性)。
  • 遺伝的変異が弱い場合の影響: 遺伝的変異が曝露に弱く関連している場合、解析結果が信頼できない可能性があります(弱いツール変数の問題)。
  • 多重性(Pleiotropy)の影響: 遺伝的変異が複数の経路を通じてアウトカムに影響を与える場合、結果が歪む可能性があります。

  • アルコール摂取と健康リスク: 遺伝的変異(ALDH2遺伝子)を用いて、アルコール摂取量が心血管疾患リスクに及ぼす因果関係を検証。
  • ビタミンDと骨粗鬆症: ビタミンD濃度に関連する遺伝的変異を用いて、ビタミンD不足が骨折リスクに影響を与えるかを調査。

MR解析の意義

メンデルランダム化は、観察研究における因果推論の信頼性を向上させる手法です。これにより、疫学研究や公共衛生における介入策の設計に役立つ科学的根拠を提供します。

メンデルランダム化解析は、遺伝的変異を用いて因果関係を推定する手法です。この手法は、観察研究でよく問題となる交絡因子や逆因果関係の影響を排除するために設計されています。

Cox比例ハザードモデル (Cox Proportional Hazards Model)

Cox比例ハザードモデルは、生存時間解析(時間とイベントの関係を分析する手法)で広く使われる統計モデルです。

このモデルは、特定のイベント(死亡、病気の発症など)が発生するリスク(ハザード)に対する影響を評価するために用いられます。

主な特徴

  • ハザード比 (Hazard Ratio, HR): 特定の要因がイベントのリスクにどれだけ影響を与えるかを示す指標です。例: ハザード比が1.5の場合、その要因がリスクを1.5倍に増加させます。
  • 比例ハザードの仮定: モデルは、異なるグループ間でハザード比が時間とともに一定である(比例している)と仮定します。
  • 非パラメトリックな基礎: ハザード率(イベント発生の瞬間的リスク)の基礎分布を仮定しないため、柔軟性が高いです。

モデルの構造

Coxモデルでは、次の形式でハザード率 h(t) を表します:

h(t) = h0(t) ⋅ exp(β1X1 + β2X2 + ⋯ + βkXk)

  • h(t): 時間 t におけるハザード率(イベント発生率)。
  • h0(t): ベースラインハザード(共変量がゼロの場合のハザード率)。
  • X1, X2, …, Xk: 共変量(リスク因子や説明変数)。
  • β1, β2, …, βk: 各共変量の係数(リスクへの寄与度を表す)。

用途

  • 医療・生命科学: 治療法の効果(例: 新薬の生存期間延長効果)。リスク因子の評価(例: 喫煙が死亡率に与える影響)。
  • 社会科学: イベントの発生に関与する要因(例: 離職率に影響を与える要因)。
  • 技術・工学: 装置やシステムの故障率解析。

ハザード比の解釈

  • HR = 1: 要因がイベントリスクに影響を与えない。
  • HR > 1: 要因がイベントリスクを増加させる。
  • HR < 1: 要因がイベントリスクを減少させる。

利点

  • 柔軟性: ベースラインハザードの形状を指定する必要がありません。
  • 多変量解析が可能: 複数の共変量を同時に評価可能です。
  • 検証可能な仮定: 比例ハザードの仮定をグラフィカルまたは統計的に確認可能です。

限界

  • イベントが発生しないケース(打ち切りデータ)の影響: 生存時間が完全に観測されない(右打ち切りデータ)場合、結果に影響することがあります。
  • 非線形効果の扱い: 共変量とハザードの関係が非線形の場合、追加の変換やモデリングが必要です。

喫煙と死亡率の解析

  • データ: 喫煙者と非喫煙者の死亡率。他の共変量(年齢、性別、BMIなど)。
  • 結果: 喫煙者のハザード比 (HR): 2.0
  • 解釈: 喫煙者は非喫煙者の2倍のリスクで死亡する。

References

  1. Waldinger RJ, Schulz MS. What's love got to do with it? Social functioning, perceived health, and daily happiness in married octogenarians. Psychol Aging. 2010 Jun;25(2):422-31. doi: 10.1037/a0019087. PMID: 20545426; PMCID: PMC2896234.
  2. Waldinger RJ, Cohen S, Schulz MS, Crowell JA. Security of attachment to spouses in late life: Concurrent and prospective links with cognitive and emotional wellbeing. Clin Psychol Sci. 2015 Jun 1;3(4):516-529. doi: 10.1177/2167702614541261. PMID: 26413428; PMCID: PMC4579537.
  3. Shen C, Zhang R, Yu J, Sahakian BJ, Cheng W, Feng J. Plasma proteomic signatures of social isolation and loneliness associated with morbidity and mortality. Nat Hum Behav. 2025 Jan 3. doi: 10.1038/s41562-024-02078-1. Epub ahead of print. PMID: 39753750.