私は今まで、自分の考え方や行動の工夫次第で、衣食住さえ足りてさえいれば、どんなところでも生きていけるんじゃないかと思っていました。
けれども最近、そうでもないようにも思えてきました。
魚が陸の上で生きられないように、鳥が海の底で生きられないように。
私は以前魚でした。
海の上には空が広がっていました。
ある時私は、宝物を連れて空に飛び出てみました。
私の宝物はそれぞれ小さな鳥になり、大空を羽ばたきました。
そして私も鳥になり、自分が空を飛べる事を知りました。
私は、海に、多くのものを残してきました。
それらの声に従うまま、私は宝物とともに海に入りました。
海には空気がありませんでした。
私は以前魚だったので、エラ呼吸をすれば息ができることを知っていました。
けれどもそれは、海の中では重要だけれど、空ではなんの役にも立たない事も知りました。
私の宝物はそれぞれ小さな魚になり、エラ呼吸を学ぶのでしょう。
そしていつの日か、大海を悠々泳いで、どこかへ行ってしまうのでしょう。
私はその姿を見届けながら、海の底に沈んでいくのでしょう。
息ができないまま、死んでいくのでしょう。
今回のブログを読んで私もやすさんと同じようなことを思いました。
とても想像力を搔き立てる表現にすごいなと思い、だからこそ少し心配になりました。
50代経理職ワーママ(といっても2人とも大学生)です。
遠い地で素敵にがんばってらっしゃる方だなあとブログを読ませていただいてました。
いつも「クスっ」とさせてもらったり、深く考えさせられたり、私もやるぞと思ってます。
応援しています。
ありがとうございます。
今回、不穏な文章でご心配をおかけしてすみません。ちょっとした報道規制もあり、抽象的な書き方になりました。
宝物を手放してまで空に戻りたいとは思いませんので、私もぼちぼちエラ呼吸を再履修していこうと思います。
人生も折り返し地点に入ると、選べない選択肢というものが増えてくるんだなと思うようになりました。これからは選べる選択肢の中から、betterなものを選択していけるよう頑張ります。
今後とも宜しくお願い致します。
土木・建築系の仕事をしている30歳、2児の父です。
R言語の勉強している際に、このブログにたどり着きました。
それから、このブログの日常に関する記事にも興味を持ち、今では更新を待ち望んで見ております。
今回の記事を読んで、いろんなことを想像しました。
生きている場所を「海」と「空」に例え、自分の大切な家族を「宝物」と例え、現在、自身が置かれている状況や感じていることを表現しているように私は思えました。
アメリカから帰国し、日本での久しぶりの生活、色々と大変な時期かと思いますが、陰ながら応援、そして勉強させていただいております。
これからも無理せず、頑張ってください。
ありがとうございます。
しんどい事も多く、なかなか生産性の低い日が続いておりますが、なんとか活路を見いだせるよう頑張りたいです。
今後ともよろしくお願い致します。