2022年 今年のブレイクスルー研究(Science)

年の瀬、各誌この1年のブレイクスルーや来年の展望etc.をまとめています。

帰国後、臨床が忙しすぎて一人抄読会も全くできていませんでしたが、やっぱり Sience誌の Breakthrough of the Year だけはまとめておきたいかな……と思い、筆をとりました。

2022 BREAKTHROUGH OF THE YEAR

宇宙望遠鏡 JWST の華々しいデビュー

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今年のブレイクスルーに選ばれたのは、ヨーロッパとカナダのエージェンシーの支援を受け、NASAが打ち上げた宇宙望遠鏡 James Webb Space Telescope (JWST) でした。

100億ドルという破格の資金を要したこのミッションは、地球上での建設に20年、打ち上げ後にも344もの重要なステップを踏み、どれか一つでも間違うとダメになるという、とても過酷なものでした。

しかしながら、JWST から送られた最初の画像を目にした時、それだけの金銭と労力を費やす価値があった、と皆が感じたそうです。

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宇宙望遠鏡といえば、私も大好きなハッブル(Hubble)望遠鏡ですが、このJWST望遠鏡はそのハッブル望遠鏡の約3倍の大きさ(幅 6.5m)があり、ハッブル望遠鏡がほとんど可視光線領域のみをキャッチするのに対して、さらに赤外線に感度を持つ一連の観測装置を備えています。

これにより、今までよりもさらに過去に発生した超新星などを撮像する事ができ、今後の発見に大きな期待が寄せられています。

例えば下の図、左が2014年にハッブル望遠鏡で、右が今年 JWST 望遠鏡で撮影された「創造の柱」と呼ばれる星形成領域ですが、JWSTの赤外線観測により、これまで不透明だった塵を透過して、内部の赤い新生星を見ることができています。

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JWST は6月21日に科学者のためのデータ収集を開始し、NASAは7月12日に最初の画像とスペクトルを公開しました。

その結果、わずか数日のうちに、これまで記録されたどの銀河よりも遠くにある銀河を発見することができたそうです。

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また JWST は、これまで太陽系外惑星で検出されたことのない、二酸化炭素と二酸化硫黄の2つのガスを検出しました。

二酸化硫黄は非常に多く検出されたため、天文学者は、太陽が大気中のオゾンを作るのと同じように、星からの紫外線がこのガスの生成を促していると結論付けました。

これは太陽系外惑星の光化学の最初の証拠となったとのこと。

 

JWSTは、これから2040年代くらいまで宇宙を漂い、私達に驚くべき画像やデータを送りつづけてくれるようです。

ワクワクします。

RUNNERS-UP

次点達も紹介。

多年生米で稲作をもっと簡単に

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私達の主食となる米、麦、とうもろこしなどは、収穫のたびに新たに植え付ける必要がありますが、これは農家にとってはかなりの重労働ですし、土壌侵食などの環境問題の原因にもなります。

長寿命で生産性の高い多年生穀物が開発されれば……

 

そんな農家の人たちの想いに答えるような研究結果が、中国の研究者たちから報告されました。

多年生米23号 (PR23) と名付けられたこの品種は、数年前にアジアの商用米とアフリカに生育する多年生の野生米を交配して作られました。

その収量と品質の向上には20年以上の歳月を要しましが、ついに2018年、雲南大学などの研究者がPR23を中国の農家に解放し、稲刈りの回数を調べ、収量などを測定する大規模な実験に参加させました。

結果、PR23は通常の米と同等の穀物を収穫できたそうです。

当たり前ですが、1年目は、植え付けと栽培にかかる費用はほぼ同じ。

けれども2年目には、農家の人たちは稲の苗を水田に移植するという大変な作業を省く事ができるようになりました。

これにより、1シーズン1ヘクタールあたりの作業時間が77日分短縮され、農家のコストは半分になりました。

また、多年生米を植えた田んぼでは、土壌の養分も増加といい事づくし。

今のところ、5年を目処に植え替えが必要となるようです。

雑草や病原菌が耕されていない田んぼに蓄積され、従来よりも多くの除草剤が必要になるなどの問題点も指摘されてはいるようですが、今のところはメリットの方がデメリットを大きく上回るよう。

この品種が広まれば、稲作に革命を起こす事になりそうです。

AI がクリエイティブに

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最近の人工知能(AI)の進化には目を見張るばかりですが、特に今年は芸術領域で AI の躍進が際立ったとのこと。

芸術面では、機械学習を使ってオンライン上のテキストと画像の組み合わせを分析し、新しいテキストに基づいて新しい画像を作成する「DALL-E」というソフトウェアが凄すぎる、と話題のよう。

研究機関 OpenAI が発表した DALL-E は、「拡散」と呼ばれる機械学習の手法を導入し、文脈やテキストの記述に誘導されて「ノイズ」から「イメージ」が浮かび上がるというもの。

生きている間に AI が絵を描く世界が現実としてやってくるなんて……

「そのうち SF映画みたいに AI に支配される日が来るんじゃない!?」

と、うちの子ども達も AI の進化に興味津々で話していました。

 

また、去年の Breakthrough of the Year に選ばれた Alphafold を開発した DeeMind 社は、行列の演算をより効率的に行う AlphaTensor というツールを発表しました。

また、「ゼロが連続していない2進数の文字列がいくつかるか」といった数値問題を解くためのプログラムを作成する AlphaCode というシステムも開発しました。

このような技術が真の創造性と言えるのか、AIが生み出した作品が著作権を侵害したり、固定観念を永続させたり、誤った情報を流したり、人間の仕事を奪ったりするんじゃないか、といった議論は多く飛び交っています。

けれども、かつてもカメラの発明による芸術の衰退不安視されていたけれどもその後カメラを使って表現するという新たな創造性のジャンルが生まれたように、AI の技術を使って人間が創造性を発揮させる可能性が大いに有り得そうです。

驚くほど大きな微生物

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通常、微生物は顕微鏡でやっと見える程度……のものですが、今年発見された Thiomargarita magnifica という微生物は、通常の5000倍、押しピンくらいの大きさのモノでした。

これまでバクテリアは、「小さくなければならない」と思われていました。

それは、バクテリアは他の細胞に見られるような内部輸送系を持たず、栄養分や老廃物の移動を拡散に頼っているからです。

けれどもこの T. magnifica はその思い込みを打ち破る大きさでした。

また教科書によれば、通常、バクテリアは内部に区画を持たないのですが、T. magnifica にはいくつかの区画があることが報告されました。

更に、他のすべてのバクテリアのDNAは細胞内に自由に浮遊しているのに対して、T. magnifica は1200万塩基の巨大なゲノムを、タンパク質を作る分子機構とともに、膜状の袋にパッケージされていました。

また、多くの細菌が細胞膜でエネルギー分子であるATPを生産するのに対し、T. magnifica は内部膜のネットワーク全体でATPを生産しており、これによってこれほど大きな細胞の燃料を十分に生産することができたようです。

このような構造は、「真核生物」と「原核生物」という生命の区分けを揺るがすものと言えます。

T. magnifica はそれらの中間に位置しており、おそらく数十億年前に進化した過渡的な形態を反映しているのではないかと言われています。

ゴール間際の RSウイルスワクチン

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赤ちゃんとお年寄りで重篤化しやすい RSウイルス。

そのワクチンの臨床試験2つの結果で、どちらのワクチンとも、重篤の副作用を引き起こす事なく、肺炎の重篤化などを予防しました。

また妊娠後期の母親が胎児に後退を受け継ぐことができるようにし、6ヶ月間乳児を守る事ができるワクチンもあります。

 

以前、RSワクチンによって死亡や重篤化症例が出現したため、このワクチン開発は数十年間頓挫していました。

最近、科学者達がその原因を突き止め、それにより新ワクチンの開発にも着手することができました。

いくつかの候補のワクチンは、来年には世界中の規制当局から認可される可能性があるそうです。

多発性硬化症の原因はウイルス?

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多発性硬化(MS)は、脳神経系で脱髄や軸索変性を起こす免疫学的疾患で、今回その原因に Epstein-Barr virus (EB ウイルス) が関係しているんじゃないか、という事が報告されました。

EBウイルスなんて、みんな一度はかかったことのある病気で、単純にMSとの関連を断定することは困難です。

そこで関連性を調べるため、疫学者達は10百万人の米軍新兵の医療記録を検索し、20年間追いました。

すると、当初はEBウイルス陰性だった兵士のうち、その後の感染によって MS のリスクが 32 倍に上昇しました。

これは喫煙による肺がんリスク率を上回るものでした。

また他の研究者たちは、冬眠中のEBウイルスが目を覚まし、いわゆる分子模倣によって神経損傷を引き起こす可能性があることを報告しました。

EBタンパク質の一つは、脳や脊髄で作られるタンパク質に似ており、これが免疫系をだまして、神経髄鞘鞘を攻撃しているよです。

またMS患者の約20%から25%の血液中に、この2つのタンパク質と結合する抗体がありました。

これらの発見は、将来のMS治療としてEBウイルスを標的とできる可能性を示唆していました。

MS対策としてEBウイルスワクチンなどが世界に普及すれば、ポリオのように、いつかMSがこの世からなくなる可能性が期待できるかもしれません。

アメリカでついに地球温暖化対策の法案が通る

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長い間、科学者達は地球温暖化の危険性について警告してきましたが、世界第2位の温室効果ガス排出国であるアメリカでは、温暖化対策の法案がなかなか通らずにいました。

けれども今年、いくつかの困難を経て、温室効果ガス削減を目標とする法案、Inflation Reduction Act (IRA) が議会を通過し、バイデン大統領が署名しました。

この法律は、再生可能エネルギーや原子力発電による電力を支援するために10年間で3690億ドルを提供し、同時に電気自動車への全面的な移行や産業排出物の削減方法の研究にも拍車をかける形となります。

この法案の成立によって、米国は温室効果ガスの排出量を10年後までに2005年比で40%削減できる見込みだと計算されているそうです。

 

しかしながら、IRA だけでは2016年のパリ協定の目標値(2030年までにCO2を50%削減)には届きません。

IRAを遵守しつつ、さらに組織や個人それぞれの働きかけが必要のようです。

黒死病を生き抜いた人達の遺伝子多型

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700年以上前、ヨーロッパの人口の1/3-1/2の人々の命を奪った黒死病。

その黒死病を生き抜いた人達と黒死病で亡くなった人達との違いを調べたところ、生き残った人達には「免疫システムが活性化しやすい遺伝子多型」を持っていた事がわかりました。

特に焦点があたったのはERAP2という遺伝子で、小胞体アミノペプチダーゼ2と呼ばれる酵素をコードしており、免疫細胞がウイルスを認識して攻撃する機能を助ける役割を持っています。

研究グループは、生存者群でERAP2の2種類の多型(1つは全長タンパクを産生、もう1つは切断タンパクを産生)を同定しました。

これらの多型を持つと、黒死病の原因菌である Y.pestis に暴露した時に、サイトカインが通常よりも多く産生されるそうです。

 

今回の研究結果からは、黒死病が人ゲノムの自然選択の一例として考える事ができそうです。

今もイギリス人の45%でこの多型が報告されていますが、これは19世紀初めのヨーロッパとアジアでは国際的な行き来がすくなかったためだと考えられます。

この多型は、病原体への対応能力という点では強いですが、クローン病や慢性関節リウマチなどの自己免疫性疾患は起こりやすくなるそうです。

風土病が人遺伝子の自然選択に関与し、それがある環境では疾患抵抗性の方向に、別の環境では疾患脆弱性に寄与する……このような事例は他にもたくさんありそうですね。

惑星の軌道修正

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何千年、何百万年もの間、ディモルフォスという名の小さな月は、地球から何百万キロも離れた大きな小惑星ディディモスのまわりを何度も回っていました。

9月26日、NASAはその小衛生に探査機を衝突させ、その軌道を永久に変更し、いつの日か人類を救うかもしれない戦略を実証しました。

 

そのプロジェクトは、冷蔵庫ほどの大きさの Double Asteroid Redirection Test (DART) 衛生を幅160mほどもある大きさのディモルフォスに衝突させ、その軌道周期を短くし、将来地球に接近する小惑星が検出されたときに、実際の驚異を阻止するための戦略を実証する、というものでした。

DART が ディモルフォスに衝突した後、この小衛生の軌道が32分短縮されたとのこと。

この衝突は一過性のものでしたが、そこから「将来の小惑星偏向ミッション」のための運動量モデルデータを得ることができました。

 

このニュースを聞いて、映画「アルマゲドン」を思い出したのは私の他にもいるのではないでしょうか?

SF映画のような話ですが、実際に6600万年前に恐竜を絶滅させたのは地球に衝突した小惑星だと言われていますし、今後何らかの小惑星衝突イベントが起こる危険性はあるわけですね。

これまでのところ、大都市を破壊するのに十分な大きさで、驚異となるような一般的な地球近傍小惑星の約25,000個のうち、実際に検出できているのは40%程度だそうです。

今回のプロジェクトの成功は、小惑星衝突の機器回避システムの大きな一歩と言えそうですが、実際に小惑星衝突の危機をキャッチし、その軌道を変更させるためには、まだまだ多くの情報が必要のようです。

2億年前のDNAから古代の生態系を再現

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これまでは、古代サンプルのDNA解析ができたのは100万年前まで、それ以上古いものになると、DNAが変性しすぎていて解読不能と言われていました。

ところが今回、北極圏の砂漠の凍土から少なくとも200万年前の小さなDNA断片を抽出し、かつて考えられていたよりもさらに時間を巻き戻す事に成功しました。

この研究により、グリーンランド北部の先端で温暖な気候の時代に繁栄した、現存するどのような森林とも異なる海岸林が再現されました。

フィヨルドの河口に堆積した厚い堆積物から採取された有機物を多く含む41個のDNA断片から、ポプラやツヤなどの針葉樹、クロガンやカブトガニ、トナカイやレミング、マストドンなどの哺乳類が生い茂る森が発見されました。

この絶滅したゾウの近縁種が、これほど北に生息していたのは驚きです。

 

この発見は、環境DNA(eDNA)が、失われた世界を再構築できる事を示唆しており、化石が少ない他の高緯度北極圏でも、eDNAを抽出できる可能性を示しました。

しかし、古生物学者が時間を遡れば遡るほど、一部の種、特にゲノムが現代の種とほとんど類似していない行き止まりの系統の種を特定することは難しくなります。

今回のように古代の堆積物から採取したeDNAを分析すれば、現在よりも気温の高い極北の地で動植物が繁栄するために必要な遺伝的適応が明らかになるかもしれません。

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