長らく、脳にはリンパ管が存在しないと言われていましたが、
1987年、脳の表層にある髄膜には「リンパ管がある」と報告されていました [1]。
その後この発見はしばらく歴史に埋もれていましたが、
40年程経った2013年以降、「やっぱり髄膜にリンパ管がある」という再発見が報告され [2, 3, 4]、業界を沸かせました。
「リンパ管がある」というのは、異常タンパクの凝集が大問題となる神経変性疾患には重要な発見です。
「このリンパ管からの老廃物ドレナージがうまく機能しないと、異常タンパクが脳内に溜まりやすくなるのでは?」
という考えが、科学者達の頭の中にパッと浮かんでくるからです。
実際、この発見の後に、アルツハイマー病 (Alzheimer's disease, AD) [5, 6, 7] や、パーキンソン病 (Parkinson's disease, PD) [8] モデルでの、髄膜リンパ管についての研究が報告されていきました。
今回は、その延長とも言えると思いますが、
中国・郑州大学(Zhengzhou University)の Dr. Wang, Dr. Teng, Dr. Ma らの研究グループは、特発性PD (iPD) の患者さんの脳MRIで、このリンパドレナージが滞っているということを報告しました [9]。
髄膜リンパ管のドレナージ不全が、パーキンソン病の病態に関与する
iPDでは、髄膜リンパ管のドレナージ不全が起こっている
著者らは、
- コントロール群: n = 371
- iPD : n = 375
- 多系統萎縮症 (Multiple system atrophy, MSA) : n = 152
- 進行性核上性麻痺 (Progressive supranuclear palsy, PSP) : n = 136
- レヴィ小体型認知症 (Dementia with Lewy bodies, DLB) : n = 8
- 大脳皮質基底核変性症 (Corticobasal degeneration, CBD) : n = 4
- 血管性パーキンソニズム (Vascular parkinsonism, VP) : n =19
の 高解像度MRI画像を解析し、髄膜リンパ管 (meningeal lymphatic vessels, mLVs) を調べた。
コントロールとiPD とで脳血流に差はなかったが、mLVs のドレナージは、iPD群で滞っていた。
特に、重症度の高い iPD (H&Y stage >2.5) で、その差が顕著だった。
PDマウスモデルでは、髄膜の炎症、髄膜リンパ管内皮細胞の脱落が起こる
mLVsの停滞とPDにはどのような関わりがあるのだろうか?
著者らは、α-シヌクレイン (α-synuclein, α-syn) の凝集体 (preformed fibrils, PFFs) を、野生型マウス (C57BL/6J) の両側線条体に接種してα-syn伝播モデルマウスを作製した。
このモデルの mLVs を調べると、炎症細胞浸潤およびリンパ管内皮細胞の脱落が起こっており、
これらリンパ管障害は、1, 3, 6, 9 mo と、年齢依存的に増加した。
髄膜リンパ管ドレナージの停滞は、α-シヌクレイン (α-synuclein, α-syn) の伝播を増悪させる
最後に著者らは、mLVs の停滞が、PD病理にどう関わっているかを調べるため、野生型マウス (C57BL/6J) の両側の上行性リンパ管を結紮し、その後でα-syn PFF を両側線条体に接種した。
リンパ管結紮後のマウスでは、未結紮のマウスと比べて、α-syn 凝集体形成細胞の数や範囲が有意に上昇しており、
リンパ管ドレナージの停滞が、α-synの伝播を増悪させる可能性が示唆された。
My View
冒頭で記述したように、
「髄膜リンパ管からの老廃物ドレナージがうまく機能しないと、異常タンパクが脳内に溜まりやすくなるのでは?」
という事は、誰でも考えつく事だと思いますが、
この論文では、
「α-syn → 髄膜リンパドレナージ障害 → α-syn伝播助長 → ...」
という、負のループを示していました。
ただ、
「同じシヌクレイノパチーなのに、MSAでの髄膜リンパドレナージの停滞がそこまで顕著じゃないのはなんでかな?」
と、少し疑問に思いました。
MSAの方が、シヌクレインの伝播能や病態はドラスティックなのに、どうしてリンパ管障害は少ないのでしょうか?
PD 特異的なシヌクレイン凝集体の構造が関与している、ということでしょうか?
しかしながら、
これだけ多くの症例で検証しているのは、「さすが中国」といった感じです。
今まで、
「誰でも思いつきそうだけど、それをどこよりも早く、どこよりも大規模な数で検証し、いち早くトップジャーナルに載せる」
という印象の論文は、アメリカからの報告が多かったですが、
最近は中国からの論文が多い印象です。
やっぱり国力強化が研究成果に蜜に関連するという事なのでしょう。
多くの人が予想しているように、そのうち中国からのノーベル賞受賞者も続々出てくるんだろうと思います。
この点において、日本に関しては悲観的に考えている人が多いようですが、私もその中の一人。
国全体の経済規模が停滞していれば、研究に大規模な予算を割く事もできないわけで……
References
- Andres KH, von Düring M, Muszynski K, Schmidt RF. Nerve fibres and their terminals of the dura mater encephali of the rat. Anat Embryol (Berl). 1987;175(3):289-301. doi: 10.1007/BF00309843. PMID:3826655.
- Aleksanteri Aspelund, Salli Antila, Steven T. Proulx, Tine Veronica Karlsen, Sinem Karaman, Michael Detmar, Helge Wiig, Kari Alitalo; A dural lymphatic vascular system that drains brain interstitial fluid and macromolecules. J Exp Med 29 June 2015; 212 (7): 991–999. doi: https://doi.org/10.1084/jem.20142290
- Louveau, A., Smirnov, I., Keyes, T. et al. Structural and functional features of central nervous system lymphatic vessels. Nature 523, 337–341 (2015). https://doi.org/10.1038/nature14432
- Martina Absinta, Seung-Kwon Ha, Govind Nair, Pascal Sati, Nicholas J Luciano, Maryknoll Palisoc, Antoine Louveau, Kareem A Zaghloul, Stefania Pittaluga, Jonathan Kipnis, Daniel S Reich. Human and nonhuman primate meninges harbor lymphatic vessels that can be visualized noninvasively by MRI. eLife 2017;6:e29738 DOI: 10.7554/eLife.29738
- Da Mesquita, S., Louveau, A., Vaccari, A. et al. Functional aspects of meningeal lymphatics in ageing and Alzheimer’s disease. Nature 560, 185–191 (2018). https://doi.org/10.1038/s41586-018-0368-8
- Mentis, AF.A., Dardiotis, E. & Chrousos, G.P. Apolipoprotein E4 and meningeal lymphatics in Alzheimer disease: a conceptual framework. Mol Psychiatry (2020). https://doi.org/10.1038/s41380-020-0731-7
- Stower, H. Meningeal lymphatics in aging and Alzheimer’s disease. Nat Med 24, 1781 (2018). https://doi.org/10.1038/s41591-018-0281-6
- Ding, XB., Wang, XX., Xia, DH. et al. Impaired meningeal lymphatic drainage in patients with idiopathic Parkinson’s disease. Nat Med (2021). https://doi-org.proxy.library.upenn.edu/10.1038/s41591-020-01198-1