歯周病菌の一つであるPorphyromanas gingivalis (P. gingivalis)は、歯周病を引き起こすだけでなく、アルツハイマー病(Alznerimer's disease: AD)のリスク因子としても注目が集まっている。
今回、Cortexyme社のCominyとLynchらは、歯周病菌P. gingivalisが口腔内から脳内に移動し、ADを引き起こす可能性について調べた。
歯周病菌がアルツハイマー病の原因に!?
AD脳では、P.gingivalisの分泌するタンパクの量が上昇している
著者らは、AD脳とコントロール脳の内側側頭葉を調べ、P.gingivalisが分泌するタンパクである、gingipainの量を調べた。
数種類のgingipainの抗体(RgpB抗体、Kgp抗体)で免疫染色を行ったところ、gingipain陽性部位はいずれもAD脳で10倍近く上昇しており、タウ病理やユビキチン化の量と正の相関を認めた。
RgpB抗体陽性部位は、海馬(歯状回, CA3, A2, CA1)の神経細胞(MAP2)や一部のアストロサイト(GFAP)と共局在したが、ミクログリア(Iba1)とは共局在しなかった。
またRgpB抗体はタウ病理やアミロイド病理とも一部共局在した。
また、ウェスタンブロットでも検証し、同様にADとコントロールでKgp抗体陽性のバンドを検出した。コントロールの1例(C6)は全く検出されなかった。
脳内にP.gingivalisの存在
著者らは、さらにP.gingivalisの16S rRNAのプライマーを用いてqPCR (quantitative polymelase chain reaction) を行ったところ、AD脳でもコントロール脳でもP.gingivalis 16S rRNA遺伝子を同定した。C6の症例では陰性で、これはgingipainのウェスタンブロットの結果とも一致した。
さらに、P.gingivalisに特異的な遺伝子humYでも検証したところ、16S rRNAと同様の結果を得た。
P.gingivalisはADのCSF中にも存在
脳脊髄液(CSF)が脳内感染の窓口になっていると考えられるので、著者らはAD患者のCSF中にP.gingivalisのDNAが存在するかどうか調べた。
臨床的にADと診断された10例のCSFと唾液をhumYのプライマーでqPCRしたところ、7例で10-50コピー/µlほど認めた。
唾液中のP.gingivalis DNA量は10例すべてで陽性だった。
タウはgingipainで切断される
gingipainがタウ病理(神経原性変化)と共局在していたので、タウがgingipainで分解されるかどうか調べた。
SH-SY5Y細胞にタウを過剰発現させ、P. gingivalisに感染させたところ、P. gingivalisの濃度依存的に可溶性タウの量が減少した。
gingipainによるタウの切断部位を検証するため、tau-441をKgpとRgpBで処理し、質量分析(mass spectometry: MS)で検証した。
Kgpによる切断部位のほとんどはC末側から222aa、RgpBによる切断部位のほとんどはN末から222aaにあった。
gingipain阻害作用の低分子化合物は神経保護的に働く
gingipainが神経毒性を持つかどうか、SH-SY5Y細胞にRgpBやKgpを処置して調べた。
RgpBとKgpを両方とも処置すると、24時間後に細胞が凝集し、神経毒性を示した。
不可逆的システインプロテアーゼ阻害薬であるiodoacetamideを前処置しておくと、この神経毒性を抑制した。
そこで著者らは、gingipain阻害作用をもつ低分子化合物ライブラリーを作製した。
- COR286:不可逆的アルギニン特異的(RgpA, RgpB)gingipain阻害薬
- COR271:不可逆的リジン特異的(Kgp)gingipain阻害薬
COR286とCOR271はいずれもP.gingivalisによる細胞死を用量依存的に抑制した。
さらに著者らは、in vivoでも確認するため、8週齢のBALB/cマウスにCOR271の経口投与、COR286の皮下注投与を行い、1.5時間後にKgpとRgpBを海馬に注入して7日後に観察した。
KgpとRgpを投与されたマウスは、神経細胞変性をきたしていたが、この作用はCOR286とCOR271の投与によって抑制された。
P. gingivalisの口腔内感染は脳内感染とAβ1-42の増加を引き起こす
44週齢のBALB/cマウスに、
- P. gingivalis W83
- Kgpをノックアウト(ΔKgp)したP. gingivalis
- RgpA/RgpBをダブルノックアウト(ΔRgp)したP. gingivalis
を、6週間の間、1日おきに口腔内投与し、W83投与群の片方のバッチは、21日目から42日目の間、Kgp阻害薬COR119を一日3回皮下注した。
6週間後、P. gingivalisを口腔内感染させたマウスでは脳内のAβ1-42量が上昇しており、CRP119投与していたマウスではその作用が抑制されていた。
ΔRgpやΔKgpのP.gingivalis感染マウスでは、Aβ1-42量に変化はなかった。このことから、Aβ1-42量を増加させるには両方のginigpainが必要であることが示唆された。
Aβ1-42はP. gingivalisに対して抗菌的に働く
Aβ1-42は抗菌的なペプチドである事が報告されているので、Aβ1-42がP. gingivalisに作用するかどうか調べた。
Aβ1-42をP.gingivalisと共にインキュベーションすると、Aβ1-42は菌表面のRgpBに結合していた。
また別の系では、Aβ1-42をインキュベーションすると、P. gingivalisの菌膜の障害および殺菌作用を示した。(Aβ1-40処置や、Aβ1-42を混ぜただけではこの効果は顕著でなかった。)
Kgp阻害薬は、P. gingivalisによる海馬のGad67+介在ニューロンの減少を抑制する
8週齢のBALB/cマウスにP. gingivalis W83を、42日間、隔日経口投与し、その28日後に解析した。
P. gingivalisのDNAは、経口投与35日後からマウス脳内に確認され、70日後には著明に増加し、海馬のGad67+介在ニューロンの数が減少した。
Kgp阻害薬COR271の経口投与、RgpB阻害薬COR286の皮下注投与、抗菌薬のmoxifloxacin投与、またそれらの併用投与は、マウス脳内のP. gingivalis量の増加を抑制し、また海馬のGad67+介在ニューロンの数の減少も抑制した。その効果はCOR271が最も高かった。
COR388は、脳内のP. gingivalis感染, Aβ1-42, TNFα量を用量依存的に抑制する
COR271の結果を受けて、著者らはRCR271のアナログで、よりKgp阻害効果が高く、経口投与可能で、脳内移行性のある、低分子化合物”COR388”を作製した。
COR388はKgpへの結合特異性が高いことを示した。また、P. gingivalisを継代すると抗菌薬のmoxifloxacinに耐性を示すようになるが、COR338への耐性は示さなかった。
COR271と同様に、P.gingivalisを口腔内感染させたマウスにCOR388を1日2回経口投与させると、脳内のP.gingivalis量の上昇、Aβ1-42量の上昇、TNFαレベル量の上昇がすべて抑制された。
これらの結果は、P. gingivalisとその分泌タンパクであるgingipainsがADの病態に関与している事を示唆するものであり、AD治療の新しいコンセプトを打ち出すものである。
My View
歯周病菌は、動脈硬化、及び脳卒中、心筋梗塞などのリスク因子として注目が集まっていると思います。
脳神経内科の分野としては、昨年11月に、国立循環器病研究センター、大阪大学大学院私学研究科、広島大学大学院医歯薬保健学研究科の研究チームが、う蝕原性細菌(Cnm陽性S. mutans)と脳卒中・認知機能障害との関連を検証する多施設共同研究の開始を発表していました。(RAMESSES研究)
今回は、歯周病菌の一種がアルツハイマー病病理を引き起こしているというもので、歯周病の影響力はここまで幅広いのか、と驚きました。
著者らは「P. gingivalisがADの原因だ!」と強く訴えていて、さすがにそこまではどうかと思いましたが、実験内容は全てしっかりしていて、この菌が病態に深く関わっていそうな印象を持ちました。
また論文の主旨と少しずれますが、私は修練医の時に ”脳内は無菌状態” と思い込んでいたのですが、PCR増幅で検出できる程度の菌がいても髄膜炎/脳炎にならないのだなあと、別の意味でも興味深い話でした。
Cortexyme社のHPをみると、COR388はすでに臨床試験のPhase 1bを通過し、Phase 2/3への参加者を募っているようです。(こちら)
昨年は、米メルクのベルベセスタット、米イーライリリー/英アストロゼネカのラナベセスタットと、BACE阻害剤の臨床試験断念が相次ぎ、最近、AD治療薬関連の明るいニュースが少ないように思います。
こんな時、別の視点からのアプローチが吉報をもたらしてくれるのかもしれません。
期待しながら経過を見守りたいと思います。
私は山形で歯科医院を開業しております、64歳の歯科医でございます。1月に「アルツハイマーと歯周病細菌」に関する論文が出たことは知っておりましたが、あまりの論文の長さに内容を理解することを(英語は苦手ですし)あきらめておりました。ところが、今回先生のわかりやすい解説をネットでみつけて感激しました。ありがとうございました。そこで、6月に大学の同窓会がありますので、その機会に先生の解説を引用させていただくわけにはいかないでしょうか?資料として配布したいと考えているのですが・・・・よろしくご検討のほどお願い申し上げます。
ご興味を持っていただきありがとうございます。
推敲もままならずお恥かしい限りですが、先生方のお役に立てる可能性のある事、大変光栄に存じます。
ご使用の際、もしよろしければ、個人の投稿である事を一言お断りいただけますと幸いです。
宜しくお願い致します。