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Co-PIのメモリアルシンポジウムの前夜、私はシンポジウムに参加するために日本からやってこられたA先生と話をする機会がありました。

はじめは普通の世間話をしていましたが、途中からかなり突っ込んだ内容になりました。

その際、先生から色々なアドバイスを頂いたので、それらのアドバイスと、それを受けて考えた事を書き留めておきたいと思います。

臨床系のラボについて

話の流れが変わったのは、私が帰国後すぐ、外病院に半年間勤務するよう指示を受けていると話したあたりからでした。

A先生はちょっと顔を曇らせ、

「そうですか。これは個人的な意見ですが、あなたのラボの方針はちょっともったいないですよね。」

と言われました。

A先生は、日本の神経科学分野では名が通っていて、私が知らない事情もたくさん知っているようでした。

「先生達は優秀で、臨床Dutyをたくさんこなさなければならない状態である程度の研究成果をあげてるけど、私が思うに、その臨床Dutyを他の人にまわして研究に専念させてあげてれば、もっと良い研究成果が出せているんじゃないかと思うんですよね。」

 

これまでの日本のラボで先輩達の様子を見てきた私も、A先生と同様の意見を持っていました。

臨床系のラボなので臨床Dutyがあるのは仕方がないのですが、研究をとてもよく頑張っている人達にも、そんなに頑張っていない人達にも、一様に長い期間の臨床Dutyが課され、

優秀な先輩達は自分達への処遇を不服としてどんどん外に出ていきました。

残った先生達は、多くの臨床Dutyや雑務を真面目にこなし、その見返りとしてChairからいいポジションをもらう、というシステムのようなものができあがっていますが、

その先生達は雑用に時間を使いすぎて自身をトレーニングする事ができず、私から見ると疑問を感じるような研究の進め方をしている事もよくありました。

 

アメリカのMD, PhDを見ていて思うのですが、彼らには雑用というものが少なく、研究なら研究、臨床なら臨床に集中しています。

臨床の経験も、研究を行う上で非常に役に立つ仕組みになっていて、彼らはそのアドバンテージを活かしながら、余裕を持って自分の仕事に取り組んでいます。

一方、日本の大学の臨床系のラボで働く先生達は、

  • 研究
  • 臨床
  • 教育

の全てを、しっかりとこなすよう求められる傾向にあります。

1つの事でさえ極めるのは難しいのに、それを3人分求められるわけです。

このようなシステムが破綻せずに継続できているのは、一重に日本人が勤勉で、生活の質を落としてでも与えられた仕事を全うしようと働くからかもしれません。

けれども「それも限界なのでは」と感じています。

少なくとも仕事の質という点において、どこかで劣る部分がどうしても出てくるし、

自分の身を削って3役をこなしている先生達は、そうしない同僚・上司・後輩に対して、負の感情を抱くようになるかもしれません。

その組織の中で働く人達の精神衛生上、必ずしも良いものとはいえないのではないでしょうか。

女性が活躍できる環境かどうかについて

A先生は、ラボのChairが女性の社会進出についてどう考えているかについても話してくれました。

「Chairの考えは『みんな平等に』なんだけど、私からするとその平等の内容がちょっと違うんじゃないかと思うんですよね。

Chairとその話題について話す機会があったんだけど、妊娠・出産・子育てで多くの時間をとられる女性研究者も、子育ての負担が少ない男性研究者と同じように扱わなければならない、っていうのが、彼の考える『平等』のようです。

だから子育て中の女性にも『平等』にDutyが回ってくる事になる。

でもそれは、子育て中の女性研究者がどれだけの負担を強いられているかを全く考慮できていないし、そのような考えの元で人事を行っていても、女性研究者のスタッフの数が増える事はないですよね。」

 

この意見に対しても、私は賛同します。

私は大学院生・研究員の時に3回の妊娠・出産を経験しましたが、それによってマミートラックに陥る事は絶対に避けたかったので、人に頼んだり、お金を払ったり、睡眠時間や自由時間を削ったり、スキマ時間の活用法を最大限に工夫したりして、仕事の質を落とさないよう必死にやってきました。

今振り返ると、本当によく頑張ってきたと思います。

それによってある程度の業績を残す事ができ、Chairからは必要人員として数に入れられるようになりました。

けれども私が今までやってきた事を、これから出産・育児を予定している女性研究者の人達におすすめしたいとは全く思いません。

 

仕事の質を維持するため、育児中の女性が自身の生活を大きく削って、水面下で男性の何倍も努力しなければならないような社会、

そこまで身を削らずに仕事の質を保てるよう、出産・育児を諦める女性が出てくる社会、

そんな社会自体が変わらなければならないと思うのです。

 

そのような意味で、Chairの考える『平等』は真の平等ではない、と私も思います。

私が考える真の平等とは、

  • 出産・育児中の女性達が、それによって能力向上のトレーニングの機会を逃す事なく、自身を成長させる機会が男性と同様に得られる事。
  • それにより、男性と同じレベルの業績を、男性と同じレベルの努力で達成できる事。
  • それにより、ポジションを得る機会が男女平等に与えられる事

です。

で、私はどうするか

以上の内容は、以前から漠然と考えていた事ですが、今回他の人から指摘された事で、自分の意見としてよりはっきりと形にしてみようと思いました。

今回は身内の組織について指摘された事を書いていますが、このような話は、何も私の所属する組織に限った事ではない、と思います。

日本の社会全体でこのような意識のズレが生じており、それによって影響を受けている人がたくさんいるように、私は思うのです。

 

私の知る学内の人々はみな優秀で人格者ですし、自分の私利私欲のために他人を犠牲にしようとするような人達ではありません。

ではなぜ、人が疲弊したり、別の場所に移ったり、仕事を諦めたりしてしまうのか。

それは、やはりシステムとそれを構成する人々の意識の在り方に問題があるからじゃないかと思っています。

 

このような認識のズレを組織内で共有し、システムを根本的に改革する、

それができれば、日本の組織はもっと生産的なものとして生まれ変わるんじゃないか、と思うのです。

 

ただ、そのような改革を誰がするのか……

問題を認識している人は多いと思いますが、「じゃあ自分が」といって実際に改革に取り掛かるのはとても難しい事だと思います。

まず、人から嫌われます。

そして、自分の本来の仕事以外に多くの時間を割く事になり、本業の仕事の質が落ちます。

それら両因子によって、その人は本業のキャリアを諦める事になる可能性が高いと思います。

つまり、

「自分のキャリアを捨ててでも、人生をそれにかけて改革したいと思うか。」

という事です。

 

少なくとも私のように何の力もない人間が現時点で声をあげてもそこまで影響力はなく、同調圧力によって疎まれ、排除される事になるでしょう。

私はまだそこまで自分の人生をかける気にはなれません。

(ブログに書いている時点でもう終わりかもしれないですが……)

 

では、今の私はどう行動するか。

現時点で私の考える選択肢は3つです。

  1. 自身の成長はある程度諦め、与えられた通りの仕事をこなしていく
  2. 組織から逃げ、他に活躍できる場所を探す
  3. 他に方法を探す

与えられた業務に力を注ぐ

しばらくは、こうせざるを得ないと思います。

帰国後しばらくの間のDutyは決まっているので、それは全うしたいです。

ただ、言われた事をちゃんとやるつもりではいますが、自身の成長を諦めるつもりもありません。

私は元々臨床が好きですし、患者さんから得られる情報や経験は非常に大きく、貴重だと思っています。

現在進行中の大型プロジェクトが頓挫しないように心がけつつも、患者さんとの距離を深め、自分の研究や自身の成長の糧にしていきたいと考えています。

 

A先生は言いました。

「自分で全部していたら壊れてしまうから、あなたが臨床業務をしている間に、実験などを協力してくれる人達を探しなさい。

そのためには、自分より下の人達と仲良くし、その人達をたくさんヘルプすること。

いずれその人達があなたに感謝し、あなたを手伝いたいと思ってくれるような環境を作るんです。

ものすごく時間はかかりますが、とても大切な事です。」

 

……本当に大切な事だと思います。

私は帰国後しばらく、自分のしたい研究は傍らに置き、目の前の臨床業務と、下の人達のヘルプにエフォートを注ぎたいと思います。

組織から逃げる

私は帰国後所属予定のラボについて、それまではもう少し楽観的に考えていましたが、今回自分の身に起こった一連の出来事の後でA先生の話を聞き、今後の自分の身の振り方についてもう少し真剣に考えるようになりました。

 

「私は留学から帰るとき、臨床系のラボには戻らなかったんですよ。その事で、ラボのボスからは文句を言われたけど、文句を言われるくらいで済むなら、こんな人間が一人くらいいてもいいかな、と思って。」

A先生の話を聞いて、

―― 確かにそれもありだな。

と思いました。

主人も私も、最初は研究ができるポジションを貰えるといわれ、帰国後は元のラボに帰る事にしていましたが、その後で私は外病院勤務を命じられ、主人も週一で外来、週一で外勤のヘルプをするよう言われ、後出しのような形で臨床Dutyの指示を受けました。

これからも臨床系のラボに居続ける限り、このような事例が突然降ってくる可能性は避けられないと思います。

「先生ももし興味があれば、研究所に来るといい。先生のしたい事を実現するお手伝いができると思いますよ。ご主人も歓迎しますよ。

研究所にこなくても、もし先生の夢を実現させるのであれば、○○先生とか△△先生とかと親交を深めた方がいいと思うから、紹介しますよ。

ただし、Chairとの関係が壊れないように十分気をつけてね。

Chairの中では、あなたはまだヒューマン・リソースの一人のはずだから。」

 

将来自分がどう動いていくか、それにはいくつもの選択肢があるはずです。

しばらくは与えられた仕事を頑張り、直ラボメンバーとの関係修復に努めるつもりではありますが、しばらく様子をみて色々と難しそうだと感じたら、施設を離れるのも選択肢の1つにしておこうと思います。

ただしA先生に言われたように、施設を出た後も関係が維持できるように努める必要があります。

喧嘩別れという形でラボを出るのではなく、軋轢なく物事を進めていけるよう、慎重に行動していきたいです。

他に方法を探す

上記は現時点での案であって、それらが全てではないとも思っています。

手元にある情報だけでの判断になるので、色々間違っている事もあるかもしれません。

様々な考え方、行動の取り方があることを常に念頭に置きながら、自分と自分の置かれている環境を冷静に観察し、

その都度自分の考えを軌道修正しながら、1日1日を大切に過ごしていきたいです。

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